求婚されたのは、それから三日後だった。庭に面した部屋で、暁臣は小さな箱を紗和の前へ置いた。中には、白い花をかたどった髪飾りがあった。初めて北の宮へ来た日、庭に咲いていた花だった。
「兄上には、先に話した」
皇帝へ。
紗和の背筋が伸びた。
「ご反対は」
「私が先走っているのではないかと、念を押された」
「それは……」
「そのとおりだと思う」
真面目に言われ、紗和は戸惑った。
暁臣が少し笑う。
「だから、君に断る余地を残しておけと言われた」
彼は箱を脇へ置いた。
「もう、鎮めの役目はない。ここを離れてもよいし、書庫の勤めを続けてもよい。どちらを選んでも、必要な支えはする」
紗和は黙って聞いた。
「そのうえで、私から願いたい」
差し出された手には、手袋がなかった。
「妻として、そばにいてほしい」
胸がいっぱいになった。
ずっと欲しかった言葉だった。
だが、ただ頷く前に、紗和にも伝えたいことがあった。
「私は、きっとまた失敗をします」
暁臣は頷いた。
「私もする」
「分からないことを、何度もお尋ねするかもしれません」
「分かることなら答える。分からなければ、一緒に調べよう」
紗和は笑った。
涙が頬を伝う。
「嫌だと思ったら、申し上げてもよいですか」
彼の顔が柔らかくなった。
「ぜひ、そうしてくれ」
その答えを聞き、紗和は手を重ねた。
「では、私をおそばに置いてください」
暁臣の指が包む。
紗和は首を振り、小さく言い直した。
「いいえ。私が、殿下のおそばにいたいです」
暁臣は目を閉じ、一度だけ深く息を吐いた。
それから、紗和の手を引き寄せる。
指先へ口づけられた。
「ありがとう」
初めて会った日と、同じ言葉だった。
その声の温かさを、今は疑わずに受け取れた。
***
珠緒の処分が決まったのは、その少しあとだった。
その理由は、祭文の功績の偽りや仕事の取り次ぎにおける虚偽の報告だった。
調べ直した記録と周囲の証言によって、紗和の失敗とされたもののいくつかが、珠緒の手を経て生じていたと確認された。
珠緒は女官の職を解かれ、実家へ戻ることになった。
解読の功績をもって望んでいた祭殿の役職も、認められなかった。
出立の前日、紗和のもとへ手紙が届いた。封を開くまで、長く迷った。だが、自分で開いた。昔のことが書いてあった。
川辺で遊んだ日、紗和の父の葬儀、一緒に宮中へ来られたとき、嬉しかったこと。最後に、こうあった。
【あなたが、私を必要としなくなるのが怖かった。】
紗和は、その一行を長く見つめた。怖かったのは、本当なのだろう。けれど、それで傷つけてよかったことにはならない。
返事は翌日書いた。助けてもらって嬉しかったこと傷つけられて、悲しかったこと。どちらも短く書いてそして、これから個人的に会うことはできないと記した。
書き終えると、手が少し震えた。それでも、書き直さなかった。手紙を託したあと、庭へ出た。
暁臣が枝を見上げていた。
「花が終わったな」
紗和も見上げる。白い花が散ったあとに、小さな緑がついていた。
暁臣は、手紙のことを尋ねなかった。紗和が話すまで待っていてくれるのだと分かった。その夜、自分から内容を話した。暁臣は最後まで聞き、握っていた手に少し力を込めた。
「よく書いたな」
紗和は頷いた。泣かなかった。泣かずに話せたことを、少し寂しく、少し誇らしく思った。



