翌日、登校中もあの時の黒瀬の表情が気になっていた。
「そんなにおかしなことを言ったかな……」
別に悪いことを言った記憶はない。
それなのに黒瀬の表情がコロッと変わった。
もしかしたら、あいつにとっては触れられたくないことだったのかもしれない。
教室に着くと、黒瀬はいつものように一人で席に座っていた。
「黒瀬、おはよう」
「ああ」
返ってきたのは短い返事だけだった。
やっぱり気にしているのだろうか。
少し迷ったが俺は口を開く。
「昨日のことなんだけど……」
「昨日?」
「健康診断の時の……恵まれた体型って言ったやつ」
「ああ」
黒瀬は少し考えるようにしてから、首を横に振った。
「別に気にしてない」
「でも……」
「本当に大丈夫だ」
そう言われると、それ以上聞くことはできなかった。
結局、俺が勝手に気にしすぎていたのかもしれない。
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
今日から本格的に授業が始まる。
理文に分かれて授業の内容も難しくなってくるだろう。
受験のことを考えるにはまだ少し早い気もするけど、遊んでばかりもいられない学年でもある。
そして俺にとってもう一つ問題があった。
ボッチにとって授業のペア活動は意外と辛い。
一人で完結する授業ならいい。
でも、「隣の人と話し合って」と言われた瞬間、教室の中に居場所がなくなる。
そんなことを考えていると、一時間目の授業である英語が始まった。
「今日は隣の人と英文を読み合ってもらうぞ」
先生の言葉に教室中で机を寄せる音や楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
「えーっと……黒川くんだったよね? よろしくね」
「こっちこそよろしくお願いします」
隣の女子がたどたどしく声をかけてきた。
俺も頭を下げて、あいさつをする。
だが、俺は後ろの二人が気になっていた。
黒瀬の隣には女子が座っている。
まあ、普通なら問題ない。
だけど、一向に二人とも話し声が聞こえてこない。
黒瀬は黙っているし、隣の女子も気まずそうに視線を逸らしている。
こういう時にペアでの授業って困るんだよな。
陽キャなら気にならないと思うが、俺たちみたいな人からしたら、女子に声をかけるのは難易度が高い。
「黒川くん、どうしたの?」
隣の女子は俺の視線の先が気になったのだろう。
俺は少し考えてからある提案を持ちかけた。
「声をかけてもらったのに悪いんだけど、ペアを変えてもいいかな?」
「うん……そっちの方が良さそうだね」
このまま二人だけ何もしていないのも目立ってしまうからな。
黒瀬って高橋たちが絡んできた時も思ったけど、たぶん目立ちたくないタイプな気がする。
俺は体の向きを変えて、黒瀬に声をかける。
「俺とやろうか」
どこか戸惑っていた黒瀬はピタリと止まり、驚いたように俺を見ていた。
まるであたふたしていた大型犬みたいだな。
「悪い……」
「んっ?」
「迷惑かけた」
まさか黒瀬がそんなことを言うとは思わなかった。
「別に迷惑じゃないよ」
別に迷惑だとは思ってはいない。
ボッチはお互いに助け合わないとな。
それにやっぱり俺の中で黒瀬に対して、罪悪感がないわけでもない。
だけど、これで昨日のことは帳消しだな。
「……そうか」
ただ、黒瀬はほっとしたような顔をしていた。
罪悪感がなくなった気がしたけど、さらに悪い気がしてきた。
「じゃあ、俺から読むぞ」
「ああ」
いつも通り無愛想な返事。
でも、さっきとは違って返事が明るいような気がした。
「ペアを組めたところから読んでみろ」
先生の指示で、教室のあちこちから英文を読む声が聞こえてくる。
「じゃあ、俺からでいい?」
「ああ」
俺は軽く息を吸うと、英文を読み始めた。
「What do you think about this movie?」
「I think it is interesting because it shows different cultures around the world.」
黒瀬の低く落ち着いた声に思わず聞き入ってしまった。
普段から声が低いのは感じていたが、英語になると一つ一つの単語がはっきりと響き、発音が綺麗だ。
お腹の奥に沈むようなドシっとした低い声が、身体の奥まで響くような気がした。
まるで黒瀬が別の人のように見える。
「黒川……?」
「すごいな」
「何が?」
黒瀬が顔を上げてジーッと俺を見つめる。
いや、目は前髪に隠れているから、実際は見つめているような気がするだけだが……。
「いや……英語の発音が上手いなって」
「普通だろ」
「普通じゃないと思うけど」
俺がそう言うと、黒瀬は少し困ったようにこめかみをかいていた。
「昔から接する機会が多かっただけだ」
「そうなの?」
「ああ、祖父が外国人だからね」
「へえー」
ひょっとして体格がいいのも、祖父が関係しているのかもしれないね。
でも、次は思ったことを言わないようにしないとな。
俺はすぐに教科書に視線を戻した。
「次俺だったか」
「ああ」
俺が読まないと続きが始まらない。
再び英文を読み始める。
さっきまで緊張していたはずなのに、不思議といつもより声が出しやすかった。
それに途中で詰まった単語があると、黒瀬が小さな声で教えてくれる。
「そこは〝culture〟じゃなくて〝cultures〟」
「あっ……本当だ」
指摘されて教科書を見る。
普段は無口だけど、こういう時はしっかり話すんだな。
「ありがとう」
「別に」
でも、返ってきたのはいつも通り短い返事だった。
授業が終わると、黒瀬はいつものように一人で席に座っていた。
周りでは友達同士で次の授業の話をしたり、放課後の予定を話したりしているけど、黒瀬だけが静かだった。
いや、俺もボッチなんだけどな。
友達はみんな一組だから、休み時間に六組までくるようなやつはいない。
休み時間はただトイレに行って、次の授業の準備をするだけ。
そんな時間を繰り返すと、あっという間に午前の授業が終わった。
「そんなにおかしなことを言ったかな……」
別に悪いことを言った記憶はない。
それなのに黒瀬の表情がコロッと変わった。
もしかしたら、あいつにとっては触れられたくないことだったのかもしれない。
教室に着くと、黒瀬はいつものように一人で席に座っていた。
「黒瀬、おはよう」
「ああ」
返ってきたのは短い返事だけだった。
やっぱり気にしているのだろうか。
少し迷ったが俺は口を開く。
「昨日のことなんだけど……」
「昨日?」
「健康診断の時の……恵まれた体型って言ったやつ」
「ああ」
黒瀬は少し考えるようにしてから、首を横に振った。
「別に気にしてない」
「でも……」
「本当に大丈夫だ」
そう言われると、それ以上聞くことはできなかった。
結局、俺が勝手に気にしすぎていたのかもしれない。
チャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
今日から本格的に授業が始まる。
理文に分かれて授業の内容も難しくなってくるだろう。
受験のことを考えるにはまだ少し早い気もするけど、遊んでばかりもいられない学年でもある。
そして俺にとってもう一つ問題があった。
ボッチにとって授業のペア活動は意外と辛い。
一人で完結する授業ならいい。
でも、「隣の人と話し合って」と言われた瞬間、教室の中に居場所がなくなる。
そんなことを考えていると、一時間目の授業である英語が始まった。
「今日は隣の人と英文を読み合ってもらうぞ」
先生の言葉に教室中で机を寄せる音や楽しそうに笑う声が聞こえてくる。
「えーっと……黒川くんだったよね? よろしくね」
「こっちこそよろしくお願いします」
隣の女子がたどたどしく声をかけてきた。
俺も頭を下げて、あいさつをする。
だが、俺は後ろの二人が気になっていた。
黒瀬の隣には女子が座っている。
まあ、普通なら問題ない。
だけど、一向に二人とも話し声が聞こえてこない。
黒瀬は黙っているし、隣の女子も気まずそうに視線を逸らしている。
こういう時にペアでの授業って困るんだよな。
陽キャなら気にならないと思うが、俺たちみたいな人からしたら、女子に声をかけるのは難易度が高い。
「黒川くん、どうしたの?」
隣の女子は俺の視線の先が気になったのだろう。
俺は少し考えてからある提案を持ちかけた。
「声をかけてもらったのに悪いんだけど、ペアを変えてもいいかな?」
「うん……そっちの方が良さそうだね」
このまま二人だけ何もしていないのも目立ってしまうからな。
黒瀬って高橋たちが絡んできた時も思ったけど、たぶん目立ちたくないタイプな気がする。
俺は体の向きを変えて、黒瀬に声をかける。
「俺とやろうか」
どこか戸惑っていた黒瀬はピタリと止まり、驚いたように俺を見ていた。
まるであたふたしていた大型犬みたいだな。
「悪い……」
「んっ?」
「迷惑かけた」
まさか黒瀬がそんなことを言うとは思わなかった。
「別に迷惑じゃないよ」
別に迷惑だとは思ってはいない。
ボッチはお互いに助け合わないとな。
それにやっぱり俺の中で黒瀬に対して、罪悪感がないわけでもない。
だけど、これで昨日のことは帳消しだな。
「……そうか」
ただ、黒瀬はほっとしたような顔をしていた。
罪悪感がなくなった気がしたけど、さらに悪い気がしてきた。
「じゃあ、俺から読むぞ」
「ああ」
いつも通り無愛想な返事。
でも、さっきとは違って返事が明るいような気がした。
「ペアを組めたところから読んでみろ」
先生の指示で、教室のあちこちから英文を読む声が聞こえてくる。
「じゃあ、俺からでいい?」
「ああ」
俺は軽く息を吸うと、英文を読み始めた。
「What do you think about this movie?」
「I think it is interesting because it shows different cultures around the world.」
黒瀬の低く落ち着いた声に思わず聞き入ってしまった。
普段から声が低いのは感じていたが、英語になると一つ一つの単語がはっきりと響き、発音が綺麗だ。
お腹の奥に沈むようなドシっとした低い声が、身体の奥まで響くような気がした。
まるで黒瀬が別の人のように見える。
「黒川……?」
「すごいな」
「何が?」
黒瀬が顔を上げてジーッと俺を見つめる。
いや、目は前髪に隠れているから、実際は見つめているような気がするだけだが……。
「いや……英語の発音が上手いなって」
「普通だろ」
「普通じゃないと思うけど」
俺がそう言うと、黒瀬は少し困ったようにこめかみをかいていた。
「昔から接する機会が多かっただけだ」
「そうなの?」
「ああ、祖父が外国人だからね」
「へえー」
ひょっとして体格がいいのも、祖父が関係しているのかもしれないね。
でも、次は思ったことを言わないようにしないとな。
俺はすぐに教科書に視線を戻した。
「次俺だったか」
「ああ」
俺が読まないと続きが始まらない。
再び英文を読み始める。
さっきまで緊張していたはずなのに、不思議といつもより声が出しやすかった。
それに途中で詰まった単語があると、黒瀬が小さな声で教えてくれる。
「そこは〝culture〟じゃなくて〝cultures〟」
「あっ……本当だ」
指摘されて教科書を見る。
普段は無口だけど、こういう時はしっかり話すんだな。
「ありがとう」
「別に」
でも、返ってきたのはいつも通り短い返事だった。
授業が終わると、黒瀬はいつものように一人で席に座っていた。
周りでは友達同士で次の授業の話をしたり、放課後の予定を話したりしているけど、黒瀬だけが静かだった。
いや、俺もボッチなんだけどな。
友達はみんな一組だから、休み時間に六組までくるようなやつはいない。
休み時間はただトイレに行って、次の授業の準備をするだけ。
そんな時間を繰り返すと、あっという間に午前の授業が終わった。



