ボッチ同盟を組んだだけなのに、どこか彼の距離感がおかしい

「やっぱ降りるのも速いな……」

 脚が長いからか黒瀬は階段を降りるの速かった。
 教室へ戻った時には特に陽キャ集団の高橋たちに声をかけられることはなく、すでに別の話題で盛り上がっている。
 俺たちも席に座ると、しばらくしてチャイムが鳴った。

「お前ら席につけよー」

 すぐに担任の先生がやってきた。
 急いで席に座る生徒たち。
 先生は人数を確認して、紙を配っていく。

「すぐに健康診断が始まるからな。名前を書いたら記録するペアに渡せよ」

 俺は名前を書いて、後ろに振り返る。

「たぶんペアだと思うからよろしくね」
「ああ……」

 少し無愛想な返事をされたが、さっきの黒瀬を見ていると、突然話されることに慣れていないだけだろう。
 特に気にすることなく、健康診断の記載用紙を交換する。

「黒瀬蓮ってこうやって書くんだな」

 あまり〝れん〟って名前の人に出会ったことがないから、初めて蓮という漢字を知った。

「じゃあ、準備できた人から視力検査に行けよ」

 俺と黒瀬は視力検査をしている教室まで向かう。
 我が校では健康診断を全校生徒一気に行うことになっている。
 一学年が全員で二百人以上いるため、早く終わるために結果をペアを組んだ人たちが記載することになる。
 自身で書くと身長や体重を誤魔化す人が出てくるからだ。

「俺の身長180cmにしてくれよ?」
「いや、たぶん5cmは足りないから無理だろ。それに俺も指導されたくないからな」

 後ろで高橋が友達に交渉していたが、誤魔化したのがバレると反省文を書かないといけない。
 それでも身長や体重を誤魔化したい人の気持ちは俺にもわからなくない。

「黒瀬は視力検査引っかかりそうだな」
「いや、目はいい方だから」

 そう言って、黒瀬は俺の前を歩いていく。

「絶対嘘だ……」

 前髪が長くて目が隠れているのに、視力が良いってことあるのか?
 教室に着くと、すぐに視力検査を始めていく。

「黒瀬です。裸眼です」
「では、穴が空いている方に手元のレバーを動かしてね」

 黒瀬は機械を覗くと、素早く手元のレバーを動かしていく。
 あいつ絶対に適当にやってるぞ。
 そうやって思うほど、動かすテンポが速い。

「黒瀬くん、両目ともに1.6ね」
「まぢかよ……」

 コンタクトを着けている俺ですらギリギリ1.2なのに、黒瀬は言った通り視力が良いようだ。
 俺は先生が言った通りに紙に記載する。

「じゃあ、次の人に交代ね」

 次は俺の番だ。
 機械の中で若干目を細めながら、レバーを動かしていく。

「両方とも1.0で問題ないわね」

 どうやら今年は1.2もなかったようだ。

「次は身長、体重、腹部周囲の測定ね」

 教室の場所を聞いて、俺たちはゆっくりと歩きながら向かっていく。
 すでに前に人だかりが目に入っていたからだ。
 急いで行っても待つことになるだろう。

「黒瀬はまだ身長伸びてるの?」
「去年5cm伸びた」

 俺は黒瀬を見上げる。
 高校生1年生の時も同じ時期に健康診断があった。
 5cm伸びたってことは、中学3年生から高校生の1年間ってことになる。

「まだまだ成長期なんだな」
「困るだけだ」

 さっきも教室に入る時に頭を下げていたっけ。
 確かに身長が高いと大変そうだもんな。
 次の教室に着くと、思った通りかなりの人が並んでいた。

「結構待つな」
「……ああ」

 俺たちは最後尾に並び、順番を待つ。
 しばらくすると、前の生徒たちが次々と測定を終えていく。

「次の生徒はここに立ってね」
「はい」

 呼ばれた黒瀬が身長計の前に立つ。
 背筋を伸ばし、頭の位置を調整される。

「動かないでね」

 自動で測定器が降りていく。

「身長190.3cm、体重82.5kgね」
「……え?」

 思わず声が出た。
 身長が高いとは思っていたけど、そこまで高いとは思わなかった。

「黒瀬、190cm超えてるじゃん!」
「……そうみたいだな」

 本人は驚いた様子もなく、淡々としている。
 180cmを超える人はいるけど、190cmは滅多にいないから、なぜか俺が嬉しくなる。

「でもすごくない?」
「何が?」
「だって190cmだぞ。俺なんて……」

 俺は測定器の前に立つ。
 去年は170cmには届かなかったから、今年こそはと思い少しだけ背筋を伸ばす。

「身長170.1cm、体重63.6kg」
「ギリギリだな」
「うるさい」

 結果はなんとか170cmを超えた。
 本当にギリギリだ。
 だけど、超えられなかった壁を超えられて俺は嬉しかった。

「俺も成長期だな。0.2cm伸びた!」
「くくく」

 そんな俺を見て黒瀬は笑っていた。
 初めて笑った黒瀬に少し嬉しくなる。
 やっぱりずっと黙ったままだと、居心地が悪いだろうしね。

「ほらほら、終わった子から腹部周囲を測るわよ」

 身長や体重で喜んでいるのは俺だけではないようだ。
 先生に呼ばれて、俺たちは腹部周囲を測りにいく。
 黒瀬がシャツを少し持ち上げた瞬間、思わず目が止まった。
 余計な脂肪はついておらず、腹筋の線がはっきりと浮かび上がっている。

「すごっ……」

 体格がいいとは思っていたが、腹筋は六つに割れ、脇腹辺りにはしっかりと線が浮かび上がっていた。
 本当に同じ高校生なんだろうか。

「俺とは全然違うな」

 自分のお腹を見てみるが、わずかに腹筋が出ている程度だ。
 俺は鍛えても元々線が細いからな。

「鍛えてるの?」

 俺の言葉に黒瀬は首を横に振る。

「鍛えてない」
「じゃあ、元々割れてるの?」
「そういう体質だからな」
「へえ……」

 改めて黒瀬を見る。
 190cmを超える長身にしっかりした体つき。

「恵まれた体型なんだな」

 何気なくそう呟いた。
 だが、黒瀬の表情からはさっきまで柔らかさは消えた。

「そうだな」
「あ……」

 さっきまでとは違うぶっきらぼうな返事に棘を感じる。
 何となくそれ以上は言わないほうがいい気がした。
 俺は口を閉じて、記録用紙に測定結果を書き込む。

「終わったぞ。次の検査に行こう」
「ああ」

 黒瀬はシャツを下ろし先に教室を出ていく。
 俺も慌てて後を追う。
 恵まれてるって言っただけだが、どうやら黒瀬にとってはあまり嬉しい言葉じゃなかったようだ。
 その後の黒瀬は静かに黙ったまま健康診断を終えた。