蓮の腕に抱えられたまま、しばらく動けないでいた。
近すぎる距離。
聞こえる心臓の音。
それが自分のものなのか、蓮のものなのかわからなくなる。
「湊」
名前を呼ばれて、ようやく顔を上げる。
「あっ、ごめん」
蓮は真剣な表情をしていた。
「話を聞いてほしい」
「……何?」
蓮は少し迷ったように視線を落とす。
いつもの蓮なら、こんなふうに言葉を選ぶことは少ない。
それだけ大事な話なのだと思った。
「高橋に言われた」
「高橋?」
「ああ」
蓮は小さく息を吐く。
「俺は湊に依存しているって」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥がざわついた。
まるで俺のことを言われているようなそんな気がした。
それぐらい〝依存〟って言葉が、今の俺にしっくりときた。
「俺は依存だって思ったことないよ」
「でも……」
俺は蓮の目を見る。
そこには不安で押しつぶされそうな顔をした蓮がいた。
「湊は一組の友達と昼を食べる約束があったよな?」
「クラス替えしたばかりだよね」
「俺がボッチ同盟だからって湊を縛って――」
あの時の蓮はそんなことを思っていたのだろうか。
そんなことも俺は気づかなかった。
いや、あまりにも蓮の隣が居心地が良くて、気づこうとしなかったのかもしれない。
「俺は蓮に縛られているとか、依存されているなんて思ったことない!」
思ったよりも大きな声が出た。
蓮も驚いたのか目を見開いていた。
「俺は好きで蓮と一緒にいるだけ」
「……」
「何も話さなくても静かな空気が好きだし、変なところで真面目なところも、冗談が通じないところも」
初めは蓮といる時、どうしたらいいのかわからなかった。
だけど、そんなことを考えること自体が間違いだった。
ありのままの蓮を受け止める。
それだけでいいって気づいた時には、俺も居心地の良さを感じていた。
「普通なら面倒だと思うかもしれないけど、俺はそういう蓮だから一緒にいる」
蓮は黙って俺を見る。
「俺のことを勝手に決めつけるなよ」
その言葉に蓮の表情が少し揺れた。
「だけど、高橋が……」
「高橋は高橋だ!」
それにさっきから高橋の名前ばかり呼んで苛立ちを感じる。
今は俺と蓮しかこの場にはいない。
「俺の気持ちまで勝手に決めるなよ。俺がいつそんなこと言った?」
言葉が勝手に溢れ出して止まらない。
今までグルグルと悩んでいた言葉が一気に繋がっていく。
「依存している? そんなこと思っていたら、とっくの昔に蓮に伝えてるよ」
蓮はしばらく黙っていた。
それでも俺を否定するわけでもなく、自分の中で俺の言葉を受け止めようと考えている。
やっぱり蓮は優しい。
「そうだね。湊はいつも思ったことしか言ってない」
その言葉に少しだけ胸が痛む。
「それは……ごめん」
俺はすぐに謝った。
蓮の言う通りだ。
身長が高いことや体格が良いこと。
前髪を切った方がいいこと。
蓮が嫌だと思っていた部分だったけど、俺は勝手に褒めていた。
「えっ?」
「俺、蓮が嫌だったことを知らなくて……」
「それが俺には嬉しかった」
「……へっ?」
蓮は優しく笑った。
今まで見たことがないくらい穏やかな顔だ。
「湊は知らないと思う」
蓮は視線を下ろして、自分の手を見つめる。
「俺がどれだけ自分の体が嫌いだったか」
その言葉を皮切りに、蓮の周囲に漂う雰囲気が一気に変わった。
蓮の表情は暗く落ち込み、口元が震える。
「俺、小学生の時から体が大きかったって話しただろ?」
「ああ、今の俺と同じぐらいだったけ?」
「そう。昔はスポーツが大好きだったんだ」
蓮はゆっくり過去のことを話し始めた。
「小学校の頃はクラブチームにいてサッカーをしていたんだ。でも、ある時……」
「ある時?」
手を強く握り、言葉を続けた。
「俺が原因で友達にケガをさせた」
蓮は一度息を呑み、話を続けた。
「もちろんわざとじゃない。ただ、普通にボールを取りに行っただけだった。でも、俺の体は普通じゃなかった。小学生とは思えない体格でぶつかって相手は飛んで行ったんだ」
蓮はどこか寂しげに笑う。
「骨折と靭帯損傷。俺のせいで相手はサッカーが続けられなくなって」
「そんなの蓮のせいじゃ――」
「いや、俺のせいなんだ。親と一緒に謝りに行ったらさ……何度も頭を下げる母さんを見て、申し訳なくなった」
その光景を想像するだけで胸が苦しくなる。
その時の蓮はまだ小学生のはず。
体が大きくても心はまだ子どもだ。
「それに相手のお母さんに言われたよ」
蓮は静かに続けた。
「体が大きいんだからもっと手加減しないと。あれじゃあ、トラックがぶつかってるのと同じって」
その言葉が当時の蓮には、重く突き刺さったのだろう。
自分の存在そのものを否定されたように感じてもおかしくない。
「それでスポーツをやめたの?」
「それだけならまだよかった」
蓮は苦しそうに笑う。
「ケガをしたやつが、俺と同じ学校のやつにわざとやったって周りに言い始めて……」
胸が締めつけられる。
そんなのいじめと同じだ。
「誰も信じてくれなかった」
「蓮……」
「大きいから怖いって言われるようになった」
蓮は自分の手を見る。
「何をしても目立つし、普通にしているだけなのに見られる。だから、自分から視界に入らないようにできるだけ隠すことにした」
伸ばした前髪に大きめの服。
誰も近づけないようにした人との距離感。
その全てがあの時の幼い蓮が自分を守るために作った姿だったんだと俺は知った。
「まるで俺がこの世界から存在を消したかのようにすれば、誰も俺を怖がらないと思って」
生きてることすら辛かったのだろう。
それなのに毎日学校に来て、本当に蓮はすごいやつだな。
「そんな時に湊が普通に話しかけてくれた」
蓮の視線が俺に向く。
「俺の体を見て怖がらなかったし……むしろ褒めてくれた」
蓮は優しく目尻を下げて笑う。
「だって本当にすごいと思ったから。今も蓮はすごいよ」
俺は思わず蓮の頭を撫でていた。
ずっと頑張っていたんだ。
そして、今も蓮は頑張っている。
そう思う、自然と手が動いていた。
「俺が嫌いだったものを、湊だけは良いものだって言ってくれたからさ」
俺は言葉が出なかった。
思ったことをそのまま伝えていただけだからな。
「だから、俺の中で湊が一番なんだ」
その言葉はまるで告白みたいだった。
……いや、告白よりも真っ直ぐで真剣に思ってくれているのが伝わってくる。
俺はまた熱でも出たのだろうか。
顔が一瞬で熱くなる。
しかも、今の俺は――。
蓮の上にいる。
急に恥ずかしくなって、慌てて離れようとする。
「湊」
でも、蓮が手を伸ばし離れさせてくれない。
こんな時に熊のような握力で掴まれたら、身動きがとれないだろ。
「だから俺はずっと湊以外興味ない」
「それはそれで困るんだが……」
「別にいいよ。湊が第一優先なのを知ってもらえたらそれでいいし」
俺は何を言えばいいのかわからなかった。
でも、蓮の言葉を聞いていると胸の奥にあったモヤモヤが少しずつ消え、今では体も軽く感じる。
「俺だって……」
「ん?」
「蓮といる時間が好きなんだよ」
少し照れながら、俺も蓮に言葉を伝える。
「だから依存とかそんな簡単な言葉で片付けないでくれよ」
「……うん」
蓮は小さく頷いた。
「やっぱり俺たちボッチ同盟だな」
「そうだな」
――ボッチ同盟。
最初は一人にならないために作ったものだった。
でも今は違う。
俺たちは一人にならないためじゃない。
一緒にいたいから一緒にいる。
それが俺たちのボッチ同盟なのかもしれない。
近すぎる距離。
聞こえる心臓の音。
それが自分のものなのか、蓮のものなのかわからなくなる。
「湊」
名前を呼ばれて、ようやく顔を上げる。
「あっ、ごめん」
蓮は真剣な表情をしていた。
「話を聞いてほしい」
「……何?」
蓮は少し迷ったように視線を落とす。
いつもの蓮なら、こんなふうに言葉を選ぶことは少ない。
それだけ大事な話なのだと思った。
「高橋に言われた」
「高橋?」
「ああ」
蓮は小さく息を吐く。
「俺は湊に依存しているって」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥がざわついた。
まるで俺のことを言われているようなそんな気がした。
それぐらい〝依存〟って言葉が、今の俺にしっくりときた。
「俺は依存だって思ったことないよ」
「でも……」
俺は蓮の目を見る。
そこには不安で押しつぶされそうな顔をした蓮がいた。
「湊は一組の友達と昼を食べる約束があったよな?」
「クラス替えしたばかりだよね」
「俺がボッチ同盟だからって湊を縛って――」
あの時の蓮はそんなことを思っていたのだろうか。
そんなことも俺は気づかなかった。
いや、あまりにも蓮の隣が居心地が良くて、気づこうとしなかったのかもしれない。
「俺は蓮に縛られているとか、依存されているなんて思ったことない!」
思ったよりも大きな声が出た。
蓮も驚いたのか目を見開いていた。
「俺は好きで蓮と一緒にいるだけ」
「……」
「何も話さなくても静かな空気が好きだし、変なところで真面目なところも、冗談が通じないところも」
初めは蓮といる時、どうしたらいいのかわからなかった。
だけど、そんなことを考えること自体が間違いだった。
ありのままの蓮を受け止める。
それだけでいいって気づいた時には、俺も居心地の良さを感じていた。
「普通なら面倒だと思うかもしれないけど、俺はそういう蓮だから一緒にいる」
蓮は黙って俺を見る。
「俺のことを勝手に決めつけるなよ」
その言葉に蓮の表情が少し揺れた。
「だけど、高橋が……」
「高橋は高橋だ!」
それにさっきから高橋の名前ばかり呼んで苛立ちを感じる。
今は俺と蓮しかこの場にはいない。
「俺の気持ちまで勝手に決めるなよ。俺がいつそんなこと言った?」
言葉が勝手に溢れ出して止まらない。
今までグルグルと悩んでいた言葉が一気に繋がっていく。
「依存している? そんなこと思っていたら、とっくの昔に蓮に伝えてるよ」
蓮はしばらく黙っていた。
それでも俺を否定するわけでもなく、自分の中で俺の言葉を受け止めようと考えている。
やっぱり蓮は優しい。
「そうだね。湊はいつも思ったことしか言ってない」
その言葉に少しだけ胸が痛む。
「それは……ごめん」
俺はすぐに謝った。
蓮の言う通りだ。
身長が高いことや体格が良いこと。
前髪を切った方がいいこと。
蓮が嫌だと思っていた部分だったけど、俺は勝手に褒めていた。
「えっ?」
「俺、蓮が嫌だったことを知らなくて……」
「それが俺には嬉しかった」
「……へっ?」
蓮は優しく笑った。
今まで見たことがないくらい穏やかな顔だ。
「湊は知らないと思う」
蓮は視線を下ろして、自分の手を見つめる。
「俺がどれだけ自分の体が嫌いだったか」
その言葉を皮切りに、蓮の周囲に漂う雰囲気が一気に変わった。
蓮の表情は暗く落ち込み、口元が震える。
「俺、小学生の時から体が大きかったって話しただろ?」
「ああ、今の俺と同じぐらいだったけ?」
「そう。昔はスポーツが大好きだったんだ」
蓮はゆっくり過去のことを話し始めた。
「小学校の頃はクラブチームにいてサッカーをしていたんだ。でも、ある時……」
「ある時?」
手を強く握り、言葉を続けた。
「俺が原因で友達にケガをさせた」
蓮は一度息を呑み、話を続けた。
「もちろんわざとじゃない。ただ、普通にボールを取りに行っただけだった。でも、俺の体は普通じゃなかった。小学生とは思えない体格でぶつかって相手は飛んで行ったんだ」
蓮はどこか寂しげに笑う。
「骨折と靭帯損傷。俺のせいで相手はサッカーが続けられなくなって」
「そんなの蓮のせいじゃ――」
「いや、俺のせいなんだ。親と一緒に謝りに行ったらさ……何度も頭を下げる母さんを見て、申し訳なくなった」
その光景を想像するだけで胸が苦しくなる。
その時の蓮はまだ小学生のはず。
体が大きくても心はまだ子どもだ。
「それに相手のお母さんに言われたよ」
蓮は静かに続けた。
「体が大きいんだからもっと手加減しないと。あれじゃあ、トラックがぶつかってるのと同じって」
その言葉が当時の蓮には、重く突き刺さったのだろう。
自分の存在そのものを否定されたように感じてもおかしくない。
「それでスポーツをやめたの?」
「それだけならまだよかった」
蓮は苦しそうに笑う。
「ケガをしたやつが、俺と同じ学校のやつにわざとやったって周りに言い始めて……」
胸が締めつけられる。
そんなのいじめと同じだ。
「誰も信じてくれなかった」
「蓮……」
「大きいから怖いって言われるようになった」
蓮は自分の手を見る。
「何をしても目立つし、普通にしているだけなのに見られる。だから、自分から視界に入らないようにできるだけ隠すことにした」
伸ばした前髪に大きめの服。
誰も近づけないようにした人との距離感。
その全てがあの時の幼い蓮が自分を守るために作った姿だったんだと俺は知った。
「まるで俺がこの世界から存在を消したかのようにすれば、誰も俺を怖がらないと思って」
生きてることすら辛かったのだろう。
それなのに毎日学校に来て、本当に蓮はすごいやつだな。
「そんな時に湊が普通に話しかけてくれた」
蓮の視線が俺に向く。
「俺の体を見て怖がらなかったし……むしろ褒めてくれた」
蓮は優しく目尻を下げて笑う。
「だって本当にすごいと思ったから。今も蓮はすごいよ」
俺は思わず蓮の頭を撫でていた。
ずっと頑張っていたんだ。
そして、今も蓮は頑張っている。
そう思う、自然と手が動いていた。
「俺が嫌いだったものを、湊だけは良いものだって言ってくれたからさ」
俺は言葉が出なかった。
思ったことをそのまま伝えていただけだからな。
「だから、俺の中で湊が一番なんだ」
その言葉はまるで告白みたいだった。
……いや、告白よりも真っ直ぐで真剣に思ってくれているのが伝わってくる。
俺はまた熱でも出たのだろうか。
顔が一瞬で熱くなる。
しかも、今の俺は――。
蓮の上にいる。
急に恥ずかしくなって、慌てて離れようとする。
「湊」
でも、蓮が手を伸ばし離れさせてくれない。
こんな時に熊のような握力で掴まれたら、身動きがとれないだろ。
「だから俺はずっと湊以外興味ない」
「それはそれで困るんだが……」
「別にいいよ。湊が第一優先なのを知ってもらえたらそれでいいし」
俺は何を言えばいいのかわからなかった。
でも、蓮の言葉を聞いていると胸の奥にあったモヤモヤが少しずつ消え、今では体も軽く感じる。
「俺だって……」
「ん?」
「蓮といる時間が好きなんだよ」
少し照れながら、俺も蓮に言葉を伝える。
「だから依存とかそんな簡単な言葉で片付けないでくれよ」
「……うん」
蓮は小さく頷いた。
「やっぱり俺たちボッチ同盟だな」
「そうだな」
――ボッチ同盟。
最初は一人にならないために作ったものだった。
でも今は違う。
俺たちは一人にならないためじゃない。
一緒にいたいから一緒にいる。
それが俺たちのボッチ同盟なのかもしれない。



