昼休みが終わる前に教室へ戻ると、すぐに蓮が駆け寄ってくる。
「大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる蓮に俺は笑いかける。
だけど、蓮の顔は曇ったままだった。
なぜ蓮がそんな顔をしているのだろう。
そんなことを思っていても、俺は聞くことができなかった。
授業を受けて、休み時間になる。
それを繰り返していたら、気づけばいつも通り一日が終わろうとしていた。
変わったことは何もない。
ただ、静かに蓮と一緒に電車に乗って帰っていく。
やけに蓮も静かだから、特に会話もない。
風邪はもうほとんど治っているし、体調が悪いわけじゃない。
それなのにどこか気分だけが重く、俺の胸の奥にある引っかかりが消えることなく時間が過ぎる。
「湊」
「ん?」
「今日、元気ないね」
隣にいる蓮が心配そうにこっちを見る。
「そう?」
「うん」
蓮は少し考えるようにしてから続けた。
「今日あまり話せてないと思ってさ」
その言葉に胸が少し痛くなる。
蓮の言う通り話せていないのは事実。
でも、理由は俺の中でわかっている。
蓮が他の人たちと楽しそうに話していたからだ。
高橋やクラスの女子たちと。
楽しそうに……。
いや、違う。
別にそれが嫌だったわけじゃない。
頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
「ちょっと疲れてたから」
結局、そう答えることしかできなかった。
自分でも何を考えているのかわからない。
自分で整理できていないのに、こんなことを言ったら蓮を困らせるだけだ。
俺の身勝手な気持ちで蓮にも迷惑をかけている。
「病み上がりだもんな」
蓮は納得していないような顔をしていた。
でも、それ以上は聞いてこない。
自分の中で整理しないといけないと思いながら、俺は窓の外を眺めた。
窓に反射する俺の顔は暗く、見ていられないほど歪に感じた。
しばらくして蓮が口を開く。
「そういえば、漫画いつ読みにくる?」
「あー……」
そういえば、初めて一緒にショッピングモールに行った時に約束していたっけ。
結局家に行くのは迷惑がかかると思って行ってなかったからな。
「いつにしようか」
「この後予定はあるのか?」
「いや……俺に予定なんかないよ」
いつも帰ったらゴロゴロするだけだ。
今日も特に予定はない。
「駅も過ぎてるし、せっかくだからこのまま寄っていく?」
「え?」
俺は急いで周囲を見回す。
掲示板には俺が降りる次の駅名が出ていた。
「なんで声をかけなかったんだよ……」
「いや、窓を見ていたから気づいていると思って」
どうやら俺が外を見ているのに、電車を降りて行かないから、さっき予定があるのか聞いたらしい。
「まだ体調悪いか?」
「いや、大丈夫」
蓮はまたどこかムスッとした顔をしている。
やけに今日は表情が曇っているな。
「じゃあ、行ってみようかな」
そう答えると蓮の表情が少し明るくなった。
蓮の家は俺の最寄駅から三つ先の場所にある駅だった。
思ったよりも近いところに住んでいたんだな。
「ここ」
蓮の家は駅から少し歩いた場所にあるアパートだった。
「蓮の体には少し小さく感じるな」
「やっぱりそう思うか」
蓮は苦笑する。
「あっ、別にそういうわけでは――」
「湊が悪いことを言うやつじゃないって知ってる」
ボソッと呟く蓮に俺はホッとする。
それと同時にずっとモヤモヤとしているのが、申し訳なく感じる。
「母さんと二人で住んでいるだけだからな」
「そうか。初めて蓮の家族の話を教えてもらったね」
今まで蓮のことを話すことはあっても、家族の話をすることはなかった。
いつも会話が多いわけでもなく、話してもたわいもない話ばかり。
少しだけ蓮のことを知れただけでも、遊びに来てよかったのかもしれない。
「どうぞ」
「お邪魔します」
蓮は少し嬉しそうに俺を家の中へ入れた。
玄関に入って最初に思ったことは――。
「綺麗だな」
全体的に物が少なく、きちんと整理されている。
床に服が落ちていることもない。
いや、普通は床に服は落ちていないのか。
急に俺が遊びに行くことになっても、気にしなかったのは普段から綺麗にしていたからだろう。
「俺の家より綺麗かもしれない」
思わず呟く。
だが、これ以上考えるのはやめよう。
今頃何かに気づいた母さんに帰ったら怒られそうだ。
それに汚している原因は俺と妹だからな。
制服を脱いだまま置いたり、読んだ漫画をそのまま置いてたりとほとんど俺たちのせいだ。
「こっちが俺の部屋」
部屋の中に大きなベッドと机が一つ。
棚やマットも色はグレーや白で統一された清潔感溢れる部屋だ。
そして、蓮の部屋も綺麗に片付けられていた。
「ベッド大きいな」
「普通だろ」
「いや、普通じゃないと思う」
190cmある蓮が寝るなら、このくらい必要なのかもしれない。
そう思いながら、蓮に言われるがままベッドに座る。
「蓮の部屋って……いや、家の中自体がシンプルで綺麗だな」
「俺が掃除しているからな」
「蓮ってロボットか?」
つい思っていたことが口から出てしまった。
ただ、料理もできて、掃除もできる家事ロボットがあれば、母さんも喜ぶだろう。
「われわれはロボットだ」
片言に話す蓮の姿についクスッと笑ってしまう。
「それ宇宙人が言うやつじゃない?」
「あっ、そうだっけ?」
やっぱり蓮ってこういうところは抜けているんだよな。
それが俺も好きだったりする。
「あっ、漫画を読みに来たんだったよな」
「ありがとう」
目の前に大量の漫画とお茶が置かれる。
本当に居心地の良い空間だな。
俺は一冊手に取り、ページをめくる。
だけど、集中できず顔を上げる。
「何してるの?」
「湊を見てる」
蓮は俺の目の前に座ってジーッと見つめていた。
何か別のことをすればいいのに、わざわざ俺が読むのを待っているのだろうか。
「そんなに見られていたら恥ずかしいよ。他のことしてて」
「わかった」
そう言って、蓮はスマートフォンを手に持ってはいるものの、チラチラと視線が突き刺さる。
読むのをやめて蓮を見ると、目が合ってすぐに逸らすし、その姿を見て思わず笑ってしまう。
漫画どころじゃないな。
「蓮さーん」
「ん? 読み終わったか?」
「いや、まだだけど」
読み終えてないことを伝えたら、蓮はどこか落ち込んだように見えた。
まるで飼い主と遊びたい犬が待てをされているみたいだ。
「犬みたい」
「へっ?」
「それも大型犬だな」
蓮は少し不満そうな顔をした。
相変わらず不満な時こそ、表情が抜け落ちたかのように急に真顔になるからな。
俺は漫画を置いて蓮に近づく。
「何かあったのか?」
「え?」
「いや、聞いて欲しそうな顔をしていたし」
蓮は少し考えてから口を開いた。
「実は湊が風邪で休んでいた時のことなんだけどさ」
蓮は一つ一つ、俺が休んでいた三日間にあったことを話してくれた。
クラスの人に話しかけられたこと。
高橋たちと昼飯を食べたこと。
女子たちとも普通に話せるようになったこと。
俺がいない間に、蓮の周りにはたくさんの人が増えていた。
それは嬉しいはずなのに、話を聞いているだけで胸の奥が苦しくなる。
もっと蓮の話を聞きたいけど、どうしてかこれ以上は聞きたくなかった。
「そんな話……聞きたくない」
気づいた時には口から言葉が溢れ出ていた。
「え?」
蓮が驚いた顔をする。
その瞬間、やってしまったと思った。
そんなことを言いたかったわけじゃない。
別に俺がいない間、蓮が楽しかったならいいことだ。
俺だって嬉しい。
なのに……。
「……」
勝手に言葉が溢れ出ていたのに、こんな時は何も言葉が出てこない。
蓮が他の人と楽しそうにしている姿を想像しただけで嫌だった。
自分でも今の考えが理解できない。
なんでこんなことを思っているのだろう。
やっぱり家に帰って、整理したほうが俺や蓮のためによかったのかもしれない。
「帰る」
俺は立ち上がり、部屋の外に向かった。
これ以上ここにいたら、変なことを言ってしまいそうだった。
「湊」
でも、俺の腕は蓮に掴まれていた。
「え?」
そのまま体が引っ張られた。
相変わらず蓮は力加減が上手くできないのか、俺はバランスを崩して、そのまま蓮の方へ倒れ込む。
「痛……」
気づいた時には俺は蓮の上にいた。
あの日、階段の最上階に隠れていた時と同じ姿勢。
蓮の腕の中で近すぎる距離。
「湊」
名前を呼ばれると心臓が大きく跳ねた。
でも、蓮の表情は困ったような、寂しそうな顔をしていた。
「俺、何か悪いことしたか?」
その一言で胸の奥が締め付けられた。
悪いのは蓮じゃない。
それはわかっているけど、自分の中にあるこの感情の名前だけがまだわからなかった。
「大丈夫か?」
心配そうに聞いてくる蓮に俺は笑いかける。
だけど、蓮の顔は曇ったままだった。
なぜ蓮がそんな顔をしているのだろう。
そんなことを思っていても、俺は聞くことができなかった。
授業を受けて、休み時間になる。
それを繰り返していたら、気づけばいつも通り一日が終わろうとしていた。
変わったことは何もない。
ただ、静かに蓮と一緒に電車に乗って帰っていく。
やけに蓮も静かだから、特に会話もない。
風邪はもうほとんど治っているし、体調が悪いわけじゃない。
それなのにどこか気分だけが重く、俺の胸の奥にある引っかかりが消えることなく時間が過ぎる。
「湊」
「ん?」
「今日、元気ないね」
隣にいる蓮が心配そうにこっちを見る。
「そう?」
「うん」
蓮は少し考えるようにしてから続けた。
「今日あまり話せてないと思ってさ」
その言葉に胸が少し痛くなる。
蓮の言う通り話せていないのは事実。
でも、理由は俺の中でわかっている。
蓮が他の人たちと楽しそうに話していたからだ。
高橋やクラスの女子たちと。
楽しそうに……。
いや、違う。
別にそれが嫌だったわけじゃない。
頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。
「ちょっと疲れてたから」
結局、そう答えることしかできなかった。
自分でも何を考えているのかわからない。
自分で整理できていないのに、こんなことを言ったら蓮を困らせるだけだ。
俺の身勝手な気持ちで蓮にも迷惑をかけている。
「病み上がりだもんな」
蓮は納得していないような顔をしていた。
でも、それ以上は聞いてこない。
自分の中で整理しないといけないと思いながら、俺は窓の外を眺めた。
窓に反射する俺の顔は暗く、見ていられないほど歪に感じた。
しばらくして蓮が口を開く。
「そういえば、漫画いつ読みにくる?」
「あー……」
そういえば、初めて一緒にショッピングモールに行った時に約束していたっけ。
結局家に行くのは迷惑がかかると思って行ってなかったからな。
「いつにしようか」
「この後予定はあるのか?」
「いや……俺に予定なんかないよ」
いつも帰ったらゴロゴロするだけだ。
今日も特に予定はない。
「駅も過ぎてるし、せっかくだからこのまま寄っていく?」
「え?」
俺は急いで周囲を見回す。
掲示板には俺が降りる次の駅名が出ていた。
「なんで声をかけなかったんだよ……」
「いや、窓を見ていたから気づいていると思って」
どうやら俺が外を見ているのに、電車を降りて行かないから、さっき予定があるのか聞いたらしい。
「まだ体調悪いか?」
「いや、大丈夫」
蓮はまたどこかムスッとした顔をしている。
やけに今日は表情が曇っているな。
「じゃあ、行ってみようかな」
そう答えると蓮の表情が少し明るくなった。
蓮の家は俺の最寄駅から三つ先の場所にある駅だった。
思ったよりも近いところに住んでいたんだな。
「ここ」
蓮の家は駅から少し歩いた場所にあるアパートだった。
「蓮の体には少し小さく感じるな」
「やっぱりそう思うか」
蓮は苦笑する。
「あっ、別にそういうわけでは――」
「湊が悪いことを言うやつじゃないって知ってる」
ボソッと呟く蓮に俺はホッとする。
それと同時にずっとモヤモヤとしているのが、申し訳なく感じる。
「母さんと二人で住んでいるだけだからな」
「そうか。初めて蓮の家族の話を教えてもらったね」
今まで蓮のことを話すことはあっても、家族の話をすることはなかった。
いつも会話が多いわけでもなく、話してもたわいもない話ばかり。
少しだけ蓮のことを知れただけでも、遊びに来てよかったのかもしれない。
「どうぞ」
「お邪魔します」
蓮は少し嬉しそうに俺を家の中へ入れた。
玄関に入って最初に思ったことは――。
「綺麗だな」
全体的に物が少なく、きちんと整理されている。
床に服が落ちていることもない。
いや、普通は床に服は落ちていないのか。
急に俺が遊びに行くことになっても、気にしなかったのは普段から綺麗にしていたからだろう。
「俺の家より綺麗かもしれない」
思わず呟く。
だが、これ以上考えるのはやめよう。
今頃何かに気づいた母さんに帰ったら怒られそうだ。
それに汚している原因は俺と妹だからな。
制服を脱いだまま置いたり、読んだ漫画をそのまま置いてたりとほとんど俺たちのせいだ。
「こっちが俺の部屋」
部屋の中に大きなベッドと机が一つ。
棚やマットも色はグレーや白で統一された清潔感溢れる部屋だ。
そして、蓮の部屋も綺麗に片付けられていた。
「ベッド大きいな」
「普通だろ」
「いや、普通じゃないと思う」
190cmある蓮が寝るなら、このくらい必要なのかもしれない。
そう思いながら、蓮に言われるがままベッドに座る。
「蓮の部屋って……いや、家の中自体がシンプルで綺麗だな」
「俺が掃除しているからな」
「蓮ってロボットか?」
つい思っていたことが口から出てしまった。
ただ、料理もできて、掃除もできる家事ロボットがあれば、母さんも喜ぶだろう。
「われわれはロボットだ」
片言に話す蓮の姿についクスッと笑ってしまう。
「それ宇宙人が言うやつじゃない?」
「あっ、そうだっけ?」
やっぱり蓮ってこういうところは抜けているんだよな。
それが俺も好きだったりする。
「あっ、漫画を読みに来たんだったよな」
「ありがとう」
目の前に大量の漫画とお茶が置かれる。
本当に居心地の良い空間だな。
俺は一冊手に取り、ページをめくる。
だけど、集中できず顔を上げる。
「何してるの?」
「湊を見てる」
蓮は俺の目の前に座ってジーッと見つめていた。
何か別のことをすればいいのに、わざわざ俺が読むのを待っているのだろうか。
「そんなに見られていたら恥ずかしいよ。他のことしてて」
「わかった」
そう言って、蓮はスマートフォンを手に持ってはいるものの、チラチラと視線が突き刺さる。
読むのをやめて蓮を見ると、目が合ってすぐに逸らすし、その姿を見て思わず笑ってしまう。
漫画どころじゃないな。
「蓮さーん」
「ん? 読み終わったか?」
「いや、まだだけど」
読み終えてないことを伝えたら、蓮はどこか落ち込んだように見えた。
まるで飼い主と遊びたい犬が待てをされているみたいだ。
「犬みたい」
「へっ?」
「それも大型犬だな」
蓮は少し不満そうな顔をした。
相変わらず不満な時こそ、表情が抜け落ちたかのように急に真顔になるからな。
俺は漫画を置いて蓮に近づく。
「何かあったのか?」
「え?」
「いや、聞いて欲しそうな顔をしていたし」
蓮は少し考えてから口を開いた。
「実は湊が風邪で休んでいた時のことなんだけどさ」
蓮は一つ一つ、俺が休んでいた三日間にあったことを話してくれた。
クラスの人に話しかけられたこと。
高橋たちと昼飯を食べたこと。
女子たちとも普通に話せるようになったこと。
俺がいない間に、蓮の周りにはたくさんの人が増えていた。
それは嬉しいはずなのに、話を聞いているだけで胸の奥が苦しくなる。
もっと蓮の話を聞きたいけど、どうしてかこれ以上は聞きたくなかった。
「そんな話……聞きたくない」
気づいた時には口から言葉が溢れ出ていた。
「え?」
蓮が驚いた顔をする。
その瞬間、やってしまったと思った。
そんなことを言いたかったわけじゃない。
別に俺がいない間、蓮が楽しかったならいいことだ。
俺だって嬉しい。
なのに……。
「……」
勝手に言葉が溢れ出ていたのに、こんな時は何も言葉が出てこない。
蓮が他の人と楽しそうにしている姿を想像しただけで嫌だった。
自分でも今の考えが理解できない。
なんでこんなことを思っているのだろう。
やっぱり家に帰って、整理したほうが俺や蓮のためによかったのかもしれない。
「帰る」
俺は立ち上がり、部屋の外に向かった。
これ以上ここにいたら、変なことを言ってしまいそうだった。
「湊」
でも、俺の腕は蓮に掴まれていた。
「え?」
そのまま体が引っ張られた。
相変わらず蓮は力加減が上手くできないのか、俺はバランスを崩して、そのまま蓮の方へ倒れ込む。
「痛……」
気づいた時には俺は蓮の上にいた。
あの日、階段の最上階に隠れていた時と同じ姿勢。
蓮の腕の中で近すぎる距離。
「湊」
名前を呼ばれると心臓が大きく跳ねた。
でも、蓮の表情は困ったような、寂しそうな顔をしていた。
「俺、何か悪いことしたか?」
その一言で胸の奥が締め付けられた。
悪いのは蓮じゃない。
それはわかっているけど、自分の中にあるこの感情の名前だけがまだわからなかった。



