ボッチ同盟を組んだだけなのに、どこか彼の距離感がおかしい

 朝起きた瞬間、体が普段と違うことはわかっていた。

「最悪だ……」

 体を起こそうとしただけなのに、いつもより力が入らない。
 喉も痛いし、体が鉛のように重く感じる。

「まあ、大丈夫だろ」

 昨日までは何ともなかったのに、夜中に何が起きたんだろうか。
 フラフラとする体に鞭を打ちながら制服に着替える。

「俺が行かなくちゃ」

 だけど、鏡を見ると自分でもわかるくらい顔色が悪い。
 無理をしているのは俺もわかっている。
 でも、今日も一緒に昼を食べて、一緒に帰るのを蓮と約束している。
 たったそれだけのことなのに、今の俺にとってはなぜか第一優先となっていた。
 それに俺が休むと、ボッチ同盟である蓮は一人になる。
 今の蓮なら話しかけてくれる人はいるけど、きっとどうすればいいのかわからず困ることになる。
 だから、休むという選択肢が出てこなかった。
 俺が休んだら、蓮はどうするんだろう。
 そんな心配の方が大きい。
 考えすぎていたのか視界がグルグルとして、その場で崩れる。

「……お兄ちゃん!?」

 着替え終えた妹が倒れている俺に気づいて駆け寄ってきた。
 いつもは文句ばかり言うのに、こういう時は優しいな。

「お母さん、お兄ちゃんが倒れてるよ!」
「えっ……どういうこと!」

 すぐに母さんもやってきて、俺の脇に体温計を入れる。

「38.5度もあるわね。学校に休むって連絡しておくわ」
「学校に行く……」

 俺は無理に体を起こすが、力が入らずにそのまま倒れていく。
 今行かないと蓮はどうなるんだ。
 いや……蓮なら大丈夫か。
 でも、蓮の中での特別が奪われてしまう。
 なぜか俺はそんなわけのわからないことを思っていた。

「もう! お兄ちゃん邪魔なんだから、ソファーで寝ていなさい!」

 妹も怒りながら、俺をソファーのところまで引きずっていく。
 朝からみんなに迷惑をかけているな。
 そう思うと、自然と目から涙が溢れ出そうだ。

「学校には電話したから、制服を脱いで上で寝ていなさい。あとで病院に行くわよ」

 気づいた頃には妹の姿はなく、普段なら家を出る時間になっていた。
 意識が朦朧として、いつのまにか寝ていたのだろう。
 母さんに起こされた俺は近くの病院が開く時間になるまで、自分の部屋で寝ることにした。
 制服を脱ぎ捨て、ポケットに手を入れるとスマホがあった。

「連絡しておくか」

 少し迷ってから、俺は蓮に電話をかけた。

『湊?』

 いつもの声が聞こえる。

「おはよう」
『おは……その声どうした?』

 すぐに気づかれた。
 でも、それと同時にどこか嬉しい自分がいた。

「少し風邪を引いたみたいで」
『風邪?』
「うん、38.5度あるって……」
『大丈夫か? 生きてるか? いや、生きているから電話がかかってきているから……』

 今まで聞いたことのない焦った声が耳元から聞こえてくる。

『とりあえず学校は休んで、何か欲しいものはある?』

 いつもより低く、心の底から安心する声。
 心配しているのがすぐに伝わってきて、あまりの心地良さに眠たくなってしまいそうだ。

「今は大丈夫。蓮は大丈夫?」
『俺か? 体は元気だぞ』
「ははは……相変わらず羨ましい体をしてるね」
『そう思うのは湊だけだ』

 蓮はあまり自分の体格の良さをいいとは思ってない。
 普段ならムッてするけど、今日は優しいな。
 いや、他の人には嫌な顔をするけど、俺がいうと嬉しそうにしていたっけ。

「俺がいないけど……」
『前に戻っただけだ』
「そうか……」
『今は自分の心配をしろ。ずっと湊がいないと寂しいからな』

 蓮は俺がいないと寂しいのか。
 その一言が妙に嬉しかった。

「蓮が寂しいなら、早く治さないとな」
『ああ、ボッチ同盟の相方がいなければ、ただのボッチだ』

 まさか蓮がそんな冗談を言うとはね。

「ははは、それもそうだね。じゃあ、今日はゆっくり休んでる」
『ああ、また何かあったら電話していいからな』
「ありがとう」

 そう言って、俺は電話を切った。
 ベッドに横になりながら少しだけ安心した。
 蓮なら一人でも大丈夫そうだね。
 熱のせいかまだ頭が回ってないし、何を話したかあまり覚えてない。
 だけど、蓮の中で俺はまだ特別のように感じた。

 ♢

 教室に入ると、俺はそのまま自分の席に座る。

「れんれん、おはよう」

 声をかけられて振り向くと、クラスメイトがいた。

「ああ。おはよう」

 返事をする。
 ただ、それだけだ。
 確か名前は高橋だったけ。
 友達がいるのに、いつも湊に構ってくるから少し邪魔なやつだ。

「黒瀬くん、昨日のテレビ見た?」
「蓮くんはドラマとか好き?」

 別の人からも話しかけられる。

「いや、特に」

 正直なんて返せばいいのかわからない。
 今まで俺に寄ってくる人は湊以外いなかった。
 突然、俺に声をかけてきて頭のおかしいやつかと思ったけど、俺が何も話さなくても気にしない。
 そんな湊といる時間はまるでベッドに寝ているかのように居心地がいい。
 今では湊の隣は俺の特等席だからな。
 
「あっ、そうなんだね」
「そっか……」

 適当に返事をしていたら、すぐに会話は終わった。
 やっぱり人と話すのは難しい。
 湊ならここから自然に話を続けられるけど、他の人だと続かない。
 湊じゃないと何を話していいのかもわからないのが現状だ。

「れんれんは相変わらず無口だな」

 どうやら俺は無口って認識らしい。
 高橋みたいにおしゃべりなのは嫌だけど、今となってはもう少し話せたら楽なんだろう。
 人と話すことなんて、あの日を境に辞めてしまったからな。

「そういえば、黒川くん遅いね」
「普通なら今頃には来てるもんな」

 湊が来ないことに他の人たちも気づき出した。

「熱が出たって」
「えっ!? じゃあ、今日れんれんボッチなの!?」

 高橋は何も考えず発言しているのだろう。
 俺がボッチって伝わると、やけに視線が集まってきた。
 髪の毛を切ってから、ただでさえ視線が集まって痛いのに。

「もう、高橋は無神経なんだから!」
「黒瀬くん、今日一緒にお昼食べない?」
「……」

 一瞬、返事が遅れた。
 以前ならすぐに断っていたと思う。
 今まで一人でいることが気にならなかったからな。
 だけど、湊がいないと本当に俺はボッチになる。

「悪い」

 でも、俺は首を横に振った。
 別に無理してまで誰かと付き合わなくてもいい。
 俺は元々一人だったからな。

「そっか……。黒川くんがいなくても大丈夫なんだね」

 相手は特に嫌そうな顔をしなかった。
 だけど、その一言が俺に突き刺さる。

「俺は湊がいないとダメだ」
「えっ……」
「ああ、すまない」

 俺はその場ですぐに謝る。
 湊がいないとやっていけないのは事実だ。
 正確に言えば湊がいなければ、何もないと同じように感じる。
 今まで俺の生活には色がなく、全てが白黒に見えていた。
 だけど、湊と出会って、たくさん笑っていたら、自然と周囲が色濃く見えるようになった。
 ああ、友達ってこういうのかと。
 俺には湊がいないと楽しく生きていけないからな。