ボッチ同盟を組んだだけなのに、どこか彼の距離感がおかしい

「母さん、行ってくる!」

 朝の七時前には電車に乗って、バイト先である喫茶店へ向かう。
 オープンが七時半のため、それに間に合うように到着すれば問題ない。
 もう半年は土日に早起きをしているから、自然と体も慣れてきた。

――カラン!

 喫茶店の扉を開くと、すでにコーヒーの香りが部屋いっぱいに広がっていた。

「マスター、おはようございます」
「黒川くん、おはよう」

 白髪混じりのマスターが忙しそうにカウンターで準備をしていた。

「朝食準備してあるから、着替えたら食べなさい」
「いつもありがとうございます」

 賄いとしてテーブルの上には軽食とミルクコーヒーが置かれている。
 朝早いのもあり、マスターの心遣いで用意してもらっている。

「いただきます」

 俺は手を合わせて、ミルクコーヒーを一口飲む。

「今日も美味しいですね」
「ははは、まだブラックコーヒーも飲めない子どもが何言ってるんだ」
「美味しいものは美味しいです」

 まだブラックコーヒーは飲めないけど、コーヒーの香りと軽食が好きで、土日の楽しみの一つでもある。
 マスターはそんな俺を見て笑っていた。

「あっ、湊くんおはよう」
「おはようございます」

 裏で作業をしていたパートのおばちゃんも作業を終えて、俺の前に座る。
 高校生のアルバイトは俺一人だけど、優しい人たちに囲まれて俺も働きやすい。

「二学期はどうかしら?」
「二年から理系と文系で分かれるんですけど、文系クラスは男子が十人しかいなくて」
「おっ、黒川くんにやっと青春が来たのか」

 カウンターで仕事をしているマスターがニヤニヤとしながら聞いてくる。
 きっと恋愛について探りを入れたいのだろう。

「残念ながら彼女どころか友達を作るのに必死です」
「黒川くん、モテそうなのにな……」

 実際に一週間経ってできた友達は黒瀬だけ。
 まあ、一人友達ができただけでも、俺にとっては一安心だ。

「接客に慣れてても友達作りは大変なのかしら?」
「んー、十人いる男子の半分は陽キャで近寄りがたいというか……」
「陽キャって明るい人のことよね?」
「そうですね」

 マスターとパートのおばちゃんはお互いに顔を見合わせていた。

「黒川くんは陽キャじゃないのか?」
「私もそう思ってたけど……」
「いやいや、陽キャって初対面で肩組んで話しかけるようなやつですよ。急にあだ名をつけてきますし……」

 俺は高橋の姿を思い浮かべる。

「あー、それは中々だな」
「大人になったらそんな人あまりいないわよ」

 ここでも高橋は散々な言われようだ。
 ただ、距離感だけでいえば、蓮もかなり近いから陽キャなのかな?
 そうなると、陽キャの定義はいまいちわからないな。
 俺は食べ終わった皿とコップを持って、マスターのところへ向かう。

「ご馳走様です」
「今日も頑張って働いてくれよ」
「マスター、お店オープンしますね」

 軽食を食べながらたわいもない会話をして、七時半に喫茶店は開店する。
 入り口にある準備中と書かれた看板をひっくり返す。

「おはようございます。お待たせしました」

 外には数人のお年寄りがすでに待っていた。
 いつも同じ時間に来る常連客の人たちだ。

「黒川くん、新学期はどうだ?」
「学校は楽しいか?」
「彼女はできたか?」

 聞いてくる内容はほとんどマスターが聞いた内容と同じものばかり。
 それでもこの距離感は嫌いじゃない。
 しばらくすると、オープンからお昼にかけて、ずっとお客さんは訪れて、お店の中は満席となる。

――カラン!

「いらっしゃいま……蓮!?」

 お昼頃やたら大きな人が入り口に立っていると思ったら、蓮がお店に来ていた。
 普段と変わらない……いや、いつもの前髪で顔を隠した姿だが、今日はクリーム色のセットアップを着ていた。
 体が大きいせいで普通なら威圧感が出そうなのに、不思議と白熊みたいな優しい雰囲気に見える。
 
「また明日ってこういうことか」
「うん。湊が働いているって言ってたから」
「ははは、まんまと宣伝に釣られたってことだね」

 俺は蓮を席に案内すると、他の常連客やマスターたちの視線がやたらと突き刺さる。
 きっと俺の友達が初めて来たから、気になるのだろう。

「湊くん、あんな大きな友達いたのね」
 
 カウンター席に座っていた常連のおばあさんが、小声でマスターに話しかけている。

「でも、優しそうな子じゃないか」
「そうねぇ。見た目は迫力あるけど、礼儀正しいわね」

 蓮は聞こえているのかいないのか、少しだけ背筋を伸ばして椅子に座っていた。
 きっと緊張しているのだろう。

「ご注文お決まり次第お呼びください」

 俺がテーブルから離れようとしたら、腕を掴まれた。

「湊のオススメで」
「俺のオススメ? コーヒーは飲める?」
「うん」

 ブラックコーヒーが飲めるのか。
 やっぱり俺より成長期が早く、もう大人なんだな。

「じゃあ、コーヒーと軽く食べられる物を持ってくるよ」

 そう言って、マスターのもとへ注文を伝えにいく。

「黒川くんの友達って珍しいね」
「あー、確かに蓮にしかバイト先伝えてなかったです」
「もっと宣伝してくれてもいいんだぞ? アルバイトの人数も足りないからな」
「蓮に接客業はたぶん無理じゃないかな」

 人見知りの蓮が接客業をしている姿を想像できない。
 それにアルバイトの人数が足りないって今初めて聞いたぞ。

「アルバイトが足りないなら、平日の夕方なら入りましょうか?」
「いや、平日は問題ないんだよ。土日に人が足りなくてな」

 どうやらパートの人たちが土日に休みたい人が多いようだ。
 最近孫が生まれたって話を朝に聞くことも増えてきたからね。

「俺からも友達に声をかけてみますね」
「助かるよ」

 そう言って、マスターは蓮が頼んだサンドウィッチとコーヒーをカウンターの上に置いた。
 俺はお盆の上に載せて、蓮のもとへ持っていく。

「お待たせしました。サンドウィッチとホットコーヒーです」
「湊のアルバイト先を知ってるのは俺だけ?」

 どうやら俺とマスターが話していた声が聞こえていたようだ。
 確か蓮って聴力も良かったから、聞こえていたのだろう。

「んっ? ああ、誰にも言ってないかな」
「そうか」
「ボッチ同盟の特典ってやつだな」

 俺は冗談半分で言った。
 すると蓮は、一瞬だけ目を伏せた。

「俺だけが知ってるのか」

 そう呟いてから、ゆっくりコーヒーを口に運ぶ。
 その口元は少しだけ緩んでいる気がした。

「それにしても蓮ってオシャレなんだな」
「そうか? 中々サイズの合う服が売ってないけど……」
「あー、確かに売ってなさそうだね」
「蓮はオシャレな友達の方がいいか?」
「いや、そんなところで友達は決めないだろ」

 別にオシャレかどうかは友達になるのに気にしない。
 むしろオシャレ過ぎたら、俺が一緒に居づらいからな。

「まあ、強いていうなら、もっと蓮の顔が見られた方がいいかな」
「俺の顔?」
「うん。前髪で目が隠れているから、表情が読みにくいからね」
「そうか」

 どこか蓮は考える素振りをしていた。
 ひょっとしてまた言い過ぎたのだろうか。
 前髪を伸ばす理由が蓮にもあるのかもしれない。

「いや、気にしなくていいよ。せっかくかっこいい顔をしているからもったいないと思っただけ」
「かっこいいか……」

 蓮は自分の顔を確かめるように前髪へ触れる。
 そして少し迷ったあと、いつもより少しだけ前髪を横に流した。

「……こっちの方がいいか?」
「えっ?」
「いや、湊が見やすいなら」

 蓮は前髪を流して、少しだけ隙間から目を出した。

「確かにその方がわかりやすいかな」

 蓮は嬉しそうに目尻を下げた。
 確かに目元がわかるだけで、表情がわかりやすい。

「じゃあ、仕事に戻るからゆっくりしていけよ」

 そう伝えて、俺は他のお客さんの接客に戻る。
 その後も常連客たちからの質問責めが止まらなかった。
 そんなに俺が友達を連れてきたぐらいで気になるのか。
 ……いや、きっと蓮があまりにも大きいから気になるのだろう。
 そのほとんどが蓮についての話だったからな。