「あー、もう動けない」
持久走が終わりその場で座り込む俺の前に、余裕そうな顔をした黒瀬がやってきた。
「黒川、大丈夫か?」
「大丈夫……」
そう答えたものの足は完全に限界だった。
今走ってきたばかりなのに黒瀬はすでに息も整っているし、全く疲れを感じてなさそうだ。
「黒瀬はすごいな」
「いや、そんなことない」
相変わらず自分は普通だと主張していたけど、きっと運動部と同じぐらいの身体能力はあるだろう。
体の柔らかさはないけどな。
黒瀬はその場でしゃがみこむとジーッと見つめられているような視線を感じる。
「乗れ」
「……えっ!?」
「さっき運んでくれって言ってただろ?」
黒瀬は背中を向けて、俺に乗れと言ってきた。
「いやいやいや! 冗談だよ!」
まさか本当に運ぼうとしていたとは思わなかった。
「俺は冗談で言ってない」
前髪の隙間からチラッと見える目は真剣だった。
これは本気で言ってそうだ。
「そこは冗談にしてくれ!」
ケガで運ばれていたのならわかる。
さすがに持久走で疲れたからって理由で運ばれていたら恥ずかしい。
まだ冗談やノリの距離感はお互いに掴めていないようだ。
ゆっくりと歩いて教室へ戻ると、すぐに着替えて机に顔を伏せる。
「本当に大丈夫か?」
「体力テストって何で毎年やらないといけないんだろうな……」
別に一年でそこまで身体能力が変わるわけではないのに。
運動が得意というわけではない俺にとっては、なかなかの重労働だった。
「一組に行かなくていいのか?」
「あー、行ってくる」
重い腰を上げて一組に向かう。
すでに体力テストが終わった人たちから、長めの昼休憩になっている。
弁当を取り出す生徒、購買へ向かう生徒、友達の席へ移動する生徒。
教室の中は帰ってきた人たちで一気に騒がしくなってきた。
みんな体力テストの後なのに元気だな。
そんなことを思いながら、一組へ向かうとあいつらはすぐに気づいた。
「よっ、湊!」
「昼一緒に食う?」
すぐに俺が座れるように椅子を用意してくれた。
「あー……そのことなんだけど」
俺は少し言いづらそうに頭をかく。
「悪い。しばらくは黒瀬と食べることにした」
「黒瀬?」
一瞬、空気が止まった。
「えっと……黒瀬ってさっき一緒にいた黒瀬?」
「黒瀬ってどの……?」
「ほら、元五組の……」
あいつらはお互いに顔を見合わせていた。
何か引っかかる言い方が気になった。
黒瀬に何かあるのだろうか。
「黒瀬がどうかした?」
すると一人が少し声を落とした。
「いや……湊、大丈夫なのか?」
「何が?」
「あいつ良くない噂あるだろ」
「噂?」
俺が聞き返すと、相手は言いにくそうに口を開いた。
「なんか過去に人と揉めたとか。黒瀬と小中と同じだったやつから聞いたことあるけど、あいつ体もデカいし……ちょっと無口で怖いっていうか」
その言葉に俺は少し眉をひそめた。
確かに黒瀬はかなり大きい。
つい毎回デカいなーって思うほどだ。
無表情なことも多いし、前髪で目が隠れているから、初対面なら怖く見えるのかもしれない。
でも――。
「そんなことないけどな」
自然と口から言葉が出ていた。
「黒瀬も普通に話すし、優しいぞ?」
「そうなのか? 湊がいいならいいけど……」
「まあ、確かにデカいからパッと見た感じは怖いけどな」
「そこは否定しないんだ」
思わず笑ってしまう。
黒瀬を見て怖いと思うのは仕方ない。
でも、黒瀬を知るほど、どこが怖いのかわからないし、まるで熊みたいだ。
あれで野生の熊に勝てるとかなら話は別だけど……。
それに慣れたらやたら距離が近い。
思わず近いと言ってしまうほどだからな。
ただ、今のところ俺の中では、特に嫌な気はしていない。
「とりあえず、しばらくは黒瀬と食べるよ。また一緒に食べたくなったら連絡するわ」
「そっか」
「悪いな」
「いや、別にいいよ。仲良いやつができたんならよかったじゃん」
そう言われて少しだけ嬉しくなった。
黒瀬と仲良い……か。
数日前なら絶対に考えられなかった言葉だな。
「じゃあ、またな」
俺は手を振って、一組を出るとすぐに六組の教室へ戻った。
しかし、黒瀬はさっき俺がいなくなった時から時間が経っていないかのように自分の席に座ったままだった。
弁当も食べずに机の上に置かれている。
「先に食べてなかったの?」
「ああ」
「なんで?」
すでにクラスの中はみんな楽しそうに昼休みを取り、もう結構時間が経っている。
普通なら先に食べていてもおかしくない。
すると黒瀬は不思議そうな顔をした。
「一緒に食べるって言ったから」
その返事に一瞬言葉が出なかった。
いや、確かに一緒に食べるって言ったけど。
まさか本当に食べずに待っているとは思わなかった。
まるで待てと言われて、ちゃんと待っている大型犬……いや熊だ。
「先に食べててもよかったのに」
「でも約束したから」
黒瀬は当たり前のように言う。
その表情には不満も責める気持ちもない。
ただ、本当にそう思っている顔をしていた。
「黒瀬ってさ」
「なに?」
「意外と真面目だよな」
俺は笑いながら机をくっつけて席に座る。
黒瀬は少しだけ首を傾げたあと、弁当を開いた。
「「いただきます」」
二人で弁当を食べ始める。
教室の中は相変わらず騒がしい。
周りには友達同士で集まっているやつもいるけど、俺は黒瀬と二人で食べる静かなお昼をそんなに悪いとは思っていない。
それに全く話していないわけではないしな。
「黒瀬、俺の弁当食べるか?」
「なんで?」
「いや、弁当うまそうだなって」
俺は黒瀬のおかずに手を伸ばす。
ただ、単純に黒瀬の弁当のおかずが食べたかっただけだ。
おかずをもらうのに、さすがに交換しないわけにはいかない。
でも、黒瀬は特に気にすることなく、弁当箱を傾けた。
「もらっていいの?」
「ああ」
俺は卵焼きを一つ取ると口の中に入れる。
思ったよりも甘くて、体力テストの疲れが取れてくる気がした。
「美味いな」
「そうか」
そう言って、黒瀬は嬉しそうに笑った。
卵焼きを褒めれらて喜ぶとは珍しいやつだ。
「なぁ、俺の弁当はいらないの? 特にトマトとかサラダ……」
「ただ食ってもらいたいだけだろ?」
「くっ……」
どうやら俺の野菜嫌いがバレたようだ。
特にトマトとかサラダはあまり好みではない。
妹のために彩り良く作ってあるが、俺は肉を焼いたり、丼になった一色弁当の方が好きだ。
「仕方ないな」
そう言って、黒瀬はトマトを口に入れた。
「おっ、助かる。さすがボッチ同盟の相方だな」
そう伝えると、黒瀬はそのまま自身の弁当を食べ始めた。
だけど、俺には黒瀬が嬉しそうに見えた。
少しだけ耳も赤くなっているし。
「なぁ、今日も一緒に帰る――」
「うん」
俺が話す前に返事が聞こえてきた。
やっぱり黒瀬って伝わりにくいけど、思っていたよりも素直なやつだな。
持久走が終わりその場で座り込む俺の前に、余裕そうな顔をした黒瀬がやってきた。
「黒川、大丈夫か?」
「大丈夫……」
そう答えたものの足は完全に限界だった。
今走ってきたばかりなのに黒瀬はすでに息も整っているし、全く疲れを感じてなさそうだ。
「黒瀬はすごいな」
「いや、そんなことない」
相変わらず自分は普通だと主張していたけど、きっと運動部と同じぐらいの身体能力はあるだろう。
体の柔らかさはないけどな。
黒瀬はその場でしゃがみこむとジーッと見つめられているような視線を感じる。
「乗れ」
「……えっ!?」
「さっき運んでくれって言ってただろ?」
黒瀬は背中を向けて、俺に乗れと言ってきた。
「いやいやいや! 冗談だよ!」
まさか本当に運ぼうとしていたとは思わなかった。
「俺は冗談で言ってない」
前髪の隙間からチラッと見える目は真剣だった。
これは本気で言ってそうだ。
「そこは冗談にしてくれ!」
ケガで運ばれていたのならわかる。
さすがに持久走で疲れたからって理由で運ばれていたら恥ずかしい。
まだ冗談やノリの距離感はお互いに掴めていないようだ。
ゆっくりと歩いて教室へ戻ると、すぐに着替えて机に顔を伏せる。
「本当に大丈夫か?」
「体力テストって何で毎年やらないといけないんだろうな……」
別に一年でそこまで身体能力が変わるわけではないのに。
運動が得意というわけではない俺にとっては、なかなかの重労働だった。
「一組に行かなくていいのか?」
「あー、行ってくる」
重い腰を上げて一組に向かう。
すでに体力テストが終わった人たちから、長めの昼休憩になっている。
弁当を取り出す生徒、購買へ向かう生徒、友達の席へ移動する生徒。
教室の中は帰ってきた人たちで一気に騒がしくなってきた。
みんな体力テストの後なのに元気だな。
そんなことを思いながら、一組へ向かうとあいつらはすぐに気づいた。
「よっ、湊!」
「昼一緒に食う?」
すぐに俺が座れるように椅子を用意してくれた。
「あー……そのことなんだけど」
俺は少し言いづらそうに頭をかく。
「悪い。しばらくは黒瀬と食べることにした」
「黒瀬?」
一瞬、空気が止まった。
「えっと……黒瀬ってさっき一緒にいた黒瀬?」
「黒瀬ってどの……?」
「ほら、元五組の……」
あいつらはお互いに顔を見合わせていた。
何か引っかかる言い方が気になった。
黒瀬に何かあるのだろうか。
「黒瀬がどうかした?」
すると一人が少し声を落とした。
「いや……湊、大丈夫なのか?」
「何が?」
「あいつ良くない噂あるだろ」
「噂?」
俺が聞き返すと、相手は言いにくそうに口を開いた。
「なんか過去に人と揉めたとか。黒瀬と小中と同じだったやつから聞いたことあるけど、あいつ体もデカいし……ちょっと無口で怖いっていうか」
その言葉に俺は少し眉をひそめた。
確かに黒瀬はかなり大きい。
つい毎回デカいなーって思うほどだ。
無表情なことも多いし、前髪で目が隠れているから、初対面なら怖く見えるのかもしれない。
でも――。
「そんなことないけどな」
自然と口から言葉が出ていた。
「黒瀬も普通に話すし、優しいぞ?」
「そうなのか? 湊がいいならいいけど……」
「まあ、確かにデカいからパッと見た感じは怖いけどな」
「そこは否定しないんだ」
思わず笑ってしまう。
黒瀬を見て怖いと思うのは仕方ない。
でも、黒瀬を知るほど、どこが怖いのかわからないし、まるで熊みたいだ。
あれで野生の熊に勝てるとかなら話は別だけど……。
それに慣れたらやたら距離が近い。
思わず近いと言ってしまうほどだからな。
ただ、今のところ俺の中では、特に嫌な気はしていない。
「とりあえず、しばらくは黒瀬と食べるよ。また一緒に食べたくなったら連絡するわ」
「そっか」
「悪いな」
「いや、別にいいよ。仲良いやつができたんならよかったじゃん」
そう言われて少しだけ嬉しくなった。
黒瀬と仲良い……か。
数日前なら絶対に考えられなかった言葉だな。
「じゃあ、またな」
俺は手を振って、一組を出るとすぐに六組の教室へ戻った。
しかし、黒瀬はさっき俺がいなくなった時から時間が経っていないかのように自分の席に座ったままだった。
弁当も食べずに机の上に置かれている。
「先に食べてなかったの?」
「ああ」
「なんで?」
すでにクラスの中はみんな楽しそうに昼休みを取り、もう結構時間が経っている。
普通なら先に食べていてもおかしくない。
すると黒瀬は不思議そうな顔をした。
「一緒に食べるって言ったから」
その返事に一瞬言葉が出なかった。
いや、確かに一緒に食べるって言ったけど。
まさか本当に食べずに待っているとは思わなかった。
まるで待てと言われて、ちゃんと待っている大型犬……いや熊だ。
「先に食べててもよかったのに」
「でも約束したから」
黒瀬は当たり前のように言う。
その表情には不満も責める気持ちもない。
ただ、本当にそう思っている顔をしていた。
「黒瀬ってさ」
「なに?」
「意外と真面目だよな」
俺は笑いながら机をくっつけて席に座る。
黒瀬は少しだけ首を傾げたあと、弁当を開いた。
「「いただきます」」
二人で弁当を食べ始める。
教室の中は相変わらず騒がしい。
周りには友達同士で集まっているやつもいるけど、俺は黒瀬と二人で食べる静かなお昼をそんなに悪いとは思っていない。
それに全く話していないわけではないしな。
「黒瀬、俺の弁当食べるか?」
「なんで?」
「いや、弁当うまそうだなって」
俺は黒瀬のおかずに手を伸ばす。
ただ、単純に黒瀬の弁当のおかずが食べたかっただけだ。
おかずをもらうのに、さすがに交換しないわけにはいかない。
でも、黒瀬は特に気にすることなく、弁当箱を傾けた。
「もらっていいの?」
「ああ」
俺は卵焼きを一つ取ると口の中に入れる。
思ったよりも甘くて、体力テストの疲れが取れてくる気がした。
「美味いな」
「そうか」
そう言って、黒瀬は嬉しそうに笑った。
卵焼きを褒めれらて喜ぶとは珍しいやつだ。
「なぁ、俺の弁当はいらないの? 特にトマトとかサラダ……」
「ただ食ってもらいたいだけだろ?」
「くっ……」
どうやら俺の野菜嫌いがバレたようだ。
特にトマトとかサラダはあまり好みではない。
妹のために彩り良く作ってあるが、俺は肉を焼いたり、丼になった一色弁当の方が好きだ。
「仕方ないな」
そう言って、黒瀬はトマトを口に入れた。
「おっ、助かる。さすがボッチ同盟の相方だな」
そう伝えると、黒瀬はそのまま自身の弁当を食べ始めた。
だけど、俺には黒瀬が嬉しそうに見えた。
少しだけ耳も赤くなっているし。
「なぁ、今日も一緒に帰る――」
「うん」
俺が話す前に返事が聞こえてきた。
やっぱり黒瀬って伝わりにくいけど、思っていたよりも素直なやつだな。



