怒らずの花嫁 〜十年忘れられた無能な娘は、〝触れずの殿下〟に愛されました〜

 絃羽は、夜具の中で目を覚ました。
 指を握って、開く。二度握り直したところで、付け根まで曲がった。寝具の質が蔵のものより上質だからだろうか。指が普段よりも柔らかい。
 障子の外は、まだ黒かった。見上げても、桟のあいだに星はない。紙が、夜を塞いでいた。それでも身体のほうが、七つ刻だと知らせてくれる。
 しかし、もうひとついつもと違っていた。足の先が、冷えていないのだ。足袋のおかげである。
 夜具を出て、角を揃えて畳んだ。

(さすがに四股は……まずいですよね)

 畳の上で踏めば、床が鳴る。宮のお屋敷で、朝から床を鳴らすものではないだろう。
 結局、四股はやめておいた。踏まない朝は、十年ぶりだ。
 代わりに、音の出ない型だけを済ませた。腕立てを二百。畳は掌の下で、蔵の板よりやわらかかった。懸垂もできないが、ぶら下がる場所がないのだから、これも仕方がないだろう。
 型を終える頃、障子が白みはじめた。
 日が上がると、桟のかたちが畳の上へ斜めに写る。どこまで伸びれば何日なのか、この部屋ではまるでわからなかった。

(まあ、また調べればいいだけですよね)

 目盛りは、また一から引けばいい。
 そもそも、この棟がどちらを向いているのかも知らなかった。確かめるには、日向へ出てみるのが一番だ。
 絃羽は立って、障子を引いた。

(あっ……)

 縁側に、朝の日が差していた。
 外側の硝子戸越しに、冬枯れの庭が広がっている。板の上に落ちた日向の少し先に、篝が立っていた。昨夜と同じ、外套の姿だった。
 敷居の手前に膝をついて、絃羽は指を揃えた。

「おはようございます、殿下」

 篝の顔が、ゆっくりとこちらを向いた。

「……早いな」

 下げていた頭を、絃羽は上げた。

「はい。目が覚めましたので」

 上げた目が、篝の顔の上で止まった。朝の光で見ると、月の下で見たときより、なお色がない。目の下の影が、昨日の夕より濃かった。

(やっぱり、顔色が悪いですね……)

 膝の上で、両の手を重ね直す。

「それよりも殿下。お顔の色がすぐれません。無理をなさいませんように」
「…………」

 篝の唇が、薄く開いた。言葉の出てこないまま、また閉じる。
 日向は、敷居の一歩先まで来ていた。絃羽は立ち上がって、そこへ足を出す。
 朝の日が、まともに顔へ当たった。瞼の裏まで白くなる。目を細めて、俯く。少し離れたところで、外套の袖が動いた。

「眩しいか?」
「いえ。……朝のお日様は、久しぶりでしたので」

 俯いたまま、絃羽は首を横に振った。
 足元で、縁側の柱の影が板の上を右の奥へ斜めに倒れていた。
 冬の朝日は、南へ寄った東から上がるものだ。その日が左手の、やや前から差しているなら、正面が南である。

「こちらも、南向きでございますね」
「……そうだ」

 彼からの返事は、ひと呼吸遅れた。

「蔵も南向きでございましたので、日当たりがようございました」

 自然と絃羽の口元が綻んだ。
 庭へ向いたまま、篝の横顔が動かなくなった。

「…………」

 外套の袖の中で、篝の右の手が動いた。黒い革の指が、左の手首を掴む。昨夜、絃羽の指が掠めたところだった。
 革が、小さく軋んだ。
 それから、篝の口が開いた。

「……十年、だそうだな」

 低い声は、縁側の板に吸われて消えた。

「はい」

 日向の中で、絃羽は頷く。
 それから、硝子戸の向こうの庭へ顔を向けた。冬枯れの土が、朝の日をいっぱいに受けている。よく日の当たる土だった。
 帯の前で指を揃え直して、絃羽は言い添えた。

「薬草が、よく育ちました」
「日当たりの話をしているのではない」

 即座に返事が返ってきた。
 篝の声音は、どこか呆れさえも感じさせる。
 外套の袖の中で、彼の右手はまだ左の手首を掴んでいた。黒い革の指は、緩んでいない。

「……? 違うんですか?」

 硝子戸の外の土から顔を戻して、絃羽は首を少しだけ傾けた。
 ここまでに篝と交わしたお話を、頭の中で順に並べ直してみる。日当たりのこと。それから、薬草のこと。日当たりでないのなら、残りはひとつだった。

「では、薬草のお話でございましょうか?」
「それも、違う」

 篝が、またすぐに返した。
 日当たりの話でも、薬草の話でもなかったらしい。
 このふたつが違うとなれば、用意できるものは仕舞いである。
 帯の前で揃えていた指を、ひとつ組み替えて訊いた。

「では、一体何のお話で……?」

 篝の右の手が、そこでようやく左の手首を離した。

「……もうよい」

 外套の裾が、板の上で翻った。
 篝はこちらへ背を向けて、縁側を東の奥へ歩き出す。

(わたくし、もしかしてまた何か変なことを言ってしまったのでしょうか?)

 首を傾げて思案するが、答えは出てこない。
 結局絃羽は、遠ざかる背を見送る他なかった。
 篝の足は、板の上を行くのに音ひとつ立てない。縁側の突き当たりで、板敷きは屋根の付いた渡り廊下に変わり、冬枯れの庭の上を向こうの棟へ延びていた。篝はその上を渡り、先の戸の前で、一度だけ立ち止まった。それから肘を桟へ当てて、横へ引く。外套の背が中へ入ると、戸は内から閉められた。

(また殿下のご機嫌を損ねてしまいました……うぅ。殿方との会話の仕方が、わかりません)

 深く嘆息し、絃羽は開けたままの障子の桟に指を掛けた。
 そこへ、閉まった戸のほうから炭の匂いが流れてくる。
 鼻から浅く、息を吸ってみた。この棟に来てから、嗅ぐのは初めてだった。細く、途切れずに、縁側を伝ってくる。火のない棟の、そのいちばん奥の先にだけ、火があるらしかった。
 匂いのあとから、低い声が届いた。篝の声だ。途切れ途切れで、言葉までは聞き取れない。人と話すときの声とは、運びが違っていた。書かれたものを、順に辿っていく運びだ。同じ高さでしばらく続いては、区切りのところで少し沈み、また戻る。ときおり、間が置かれた。
 覚えのある運びだった。どこで覚えたのかは、すぐに出てこない。日向の際を眺めているうちに、その沈み方へ、頁を繰る音と一緒に覚えた母の声が重なった。区切りで少し沈んで、また戻る。それと同じだった。応える声は、ひとつもない。
 桟に掛けた指が、そこで止まった。
 絃羽は息を細くして、戸の向こうへ耳を澄ませる。
 奥のお部屋に、どなたがいらっしゃるのかは分からない。奥のお部屋のことは、奥のお部屋の方のことである。戸の向こうのことを訊かずにおくのは、蔵で身に付いた作法だった。
 声は、日向の際が縁側の板を二枚ぶん移るまで続いた。
 声が途切れてしばらくすると、向こうの戸が開く。出てきた篝は、肘で戸を閉めて引き返してきた。縁側まで来ると、いちばん東の障子を、同じように肘で開ける。顔は、一度もこちらへ向かなかった。外套の背が中へ消えて、障子が閉まる。
 篝の部屋は、あっち側らしい。
 絃羽は、桟から指を離した。

       *

 朝食の後に宗次がふたたび奥の棟へ来たのは、日が高く上がってからだった。
 重い引き戸の開く音に続いて、板を擦る小刻みな足音が、縁側を近づいてくる。絃羽は部屋で膝を揃えて、お指図を待っていた。障子を開けて、敷居の外へ出る。
 宗次は、絃羽の部屋の隣で足を止めた。書庫の板戸には、古い錠前が下りていた。帯に提げた鍵束から一本を選んで、鍵穴へ差し入れる。
 錠の外れる、乾いた音がした。
 板戸を引き開けると、宗次は脇へ退いて、敷居の手前に膝を折った。その先へは、足を入れない。

「書庫は、こちらでございます」

 戸口から差し込んだ明かりが、暗がりの床に細長く延びた。窓は雨戸で閉め切られていて、奥へ行くほど黒い。明かりの届くところにだけ、書架の脚が並んでいた。
 絃羽が戸口に立つと、乾いた匂いが鼻の奥へ降りてきた。紙と、古い糊と、墨。覚えのある、ほのかに甘い匂いだった。肩から、力がひとりでに抜けていく。抜けてから、抜けていたことに気が付いた。

「まあ。ここは……よい匂いがいたしますね」

 宗次の白い眉が、片方だけ持ち上がった。

「……? 埃の匂いでございますが」

 絃羽は目を閉じて、もうひとつ息を吸ってから答えた。

「いえ。古い紙の匂いです」

 敷居の手前で、宗次が鼻先を戸口の内へ寄せた。鼻の脇の皺が、小さく二度動く。

「言われてみれば。そうとも申しますね」

 並びを確かめようと、絃羽は手前の書架の前まで進んだ。
 本の背が、段ごとに隙間なく詰まっている。和綴じのものも、帙に収まったものも、革の背に金文字を押した洋書も混じっていた。抜いて戻した跡は、一冊もない。本の天に積もった埃はどれも同じ厚みで、指でなぞった筋ひとつ残っていなかった。

(これは……お仕事のし甲斐が、ありそうですね)

 このまま一冊でも抜けば、上の埃が頁のあいだへ落ちてしまう。
 絃羽は、戸口の宗次へ向き直った。

「宗次さん。本に触れる前に、まず掃かせていただいてもよろしいでしょうか?」

 戸の縁に掛かった宗次の指に、力がこもった。節の太い指の腹が、板の上で白くなる。

「……この棟には、人の手を入れるなとの仰せでございまして」

 人の手、と聞いて、絃羽は胸の前で両の手を開いてみせた。あかぎれの筋が、戸口の明かりに赤く浮いている。
 十年、人手に数えられたことのない手だ。我ながら、ちょうどよい理屈だと思った。

「ですが、わたくしの手でしたら問題ないのではないでしょうか?」

 宗次に自らの手を見せて、微笑んでみせる。

「は?」

 宗次はよくわからないといった様子で、怪訝そうに眉を顰めた。

「わたくしの手をご覧ください。これが人の手に見えますでしょうか? 人の手でないのであれば、問題ありませんよね?」
「…………」

 宗次の口が、開きかけたまま止まった。
 戸の縁から、その指がゆっくりと離れていく。やがて、白髪頭が低く下がった。

「箒を、お持ちいたします」

 宗次は腰を上げると、小刻みな足音を引いて、引き戸の向こうへ戻っていった。
 ほどなく運ばれてきたのは、箒と、水を張った桶と、雑巾が幾枚か、それに手拭いが一本だった。敷居の外へそれらを並べると、宗次はまた引き戸のほうへ下がっていく。
 髪を汚さないよう、絃羽は手拭いを広げて頭を包み、額の上で端を結んだ。

「では、お仕事を始めましょう! せっかく任されたのですから、殿下にも満足して頂けるよう頑張らないと!」

 頬を叩いて、気持ちを切り替えた。
 手元が暗くては、拭き残しが分からない。けれど本の紙は、日に当たれば焼ける。窓の雨戸を、絃羽は一枚だけ、半ばまで繰った。差し込んだ細い光の筋が、書架の手前で床に落ちる。
 順は、蔵で覚えたとおりにした。上から下へ。奥から手前へ。
 桶の水に雑巾を沈め、固く絞る。雫がひとつも落ちなくなってから、書架のいちばん上の段の縁を拭っていった。埃を立てないよう、湿った布を先に通すのだ。本の背には、まだ触れない。手が順を覚えている仕事は、心づもりが要らないから楽だ。息が、自然と深くなった。残りの棚板と、柱と、窓の桟を拭き終えてから、箒を取る。床は奥の壁際から、戸口のほうへ掃き寄せていった。
 書庫が済めば、次は縁側だ。
 東の突き当たり、渡り廊下の手前から、引き戸のほうへ掃いていく。篝の部屋の前では、障子が閉まっていた。中から、物音はしなかった。空いた部屋の前をひとつ過ぎ、自分の部屋の前を過ぎ、書庫の前を過ぎて、板の目に沿って箒を運ぶ。掃いたあとは、雑巾で板を拭き上げた。

(あら?)

 縁側の西の端の引き戸の脇に、宗次が立っていた。
 いつからそこにいたのだろうか。箒が板の上を行き来するたび、宗次の白髪頭が、穂先を追ってわずかに動く。

(箒の使い方、どこかおかしかったでしょうか……?)

 穂先を少し寝かせてみても、その口は一度も開かなかった。
 気になるが、訂正されるまでは自分のやり方でやってみよう。
 桶の水で雑巾を絞り直したときだった。宗次の目が、絃羽の手の上で止まった。冷たい水に浸け通しの指は、節のところまで赤くなっている。

(わたくしの手が、何か……?)

 絃羽は、手の甲をそっと裏へ返してみた。汚れは、付いていないはずだ。
 宗次は何も言わずに、引き戸の向こうへ下がっていった。

(こちらは……このくらいでいいでしょうか)

 縁側を拭き終えると、書庫へ戻った。床の光の筋は朱を帯びて、細くなっていた。
 埃を落とした書架が、雨戸の隙間の明かりに並んでいる。どの棚から手を付けたものか。
 頬に手を当てて、端の書架から端の書架までを眺め渡した。掌の下で、頬がほんのりと温かい。
 板を擦る足音が、また近づいてきた。書庫の戸口で、宗次が膝をつく。

「柏木様。炭を、お部屋の前に置いてまいりました」

 頬から下ろした絃羽の手が、帯の前で揃いかけて止まった。

「まあ! よろしいのですか?」

 宗次の白髪頭が、もう一段、低く下がった。

「客間でございますので」

 客間。その言葉が自分の部屋を指しているのだと分かるまでに、瞬きふたつぶんかかった。
 それだけを置いて、宗次は腰を上げる。小刻みな足音が引き戸のほうへ遠ざかり、戸の閉まる重い音が続いた。
 暗くなる前に、片付けを済ませておかなければならない。絃羽は雨戸を元どおりに閉めて、箒と桶を書庫の戸口の脇へ寄せた。髪の手拭いを解いて埃を払い、畳んで帯の間へ挟む。
 自分の部屋の敷居の外に、竹の籠がひとつ置かれていた。
 籠には、黒い炭が八分目まで詰めてある。脇に付け木の束と、燐寸の小箱が添えてあった。

(わあ……こんなにたくさん!)

 籠の前に膝をついて、絃羽は炭をひとつ手に取った。軽くて、よく乾いている。すぐに熾きる炭だ。
 炭を籠へ戻すと、右の指の腹に黒が残った。昨夜、重い戸の引き手へ伸ばしたのも、この指。黒い革の口と袖口のあいだを、この指先が掠めた。篝の、左の手首に。蔵で目を覚ました朝の、指の付け根と同じ冷たさだった。お疲れの方が、冷えておられる。

(……わたくしよりも、殿下に必要なのでは?)

 この棟には、灯りがひとつもなかった。日が落ちきれば、火を熾す手元も見えなくなる。熾すなら、今のうちだ。
 絃羽は、籠を両腕に抱え上げた。
 縁側を東へ行くと、篝の部屋の障子が、半分ほど開いていた。
 前を掃いたときには、閉まっていた障子だ。中に、人の気配はなかった。朝のように、奥のお部屋へ行っておられるのかもしれない。
 お留守の部屋でも、上がるなら礼がいる。絃羽は敷居の外に籠を下ろし、膝を折った。誰もいない中へ向けて、両の手をつく。

「失礼いたします」

 返事は、どこからもなかった。
 籠を抱え直して、絃羽は敷居を跨いだ。
 中は、がらんとしていた。文机がひとつと、火鉢がひとつ。畳の目に、埃が薄く溜まっている。壁際の棚には、黒い革の手袋が幾組も並んでいた。どの組も、指先が同じほうを向いている。隅には夜具がひと組、角を揃えて畳まれていた。
 物の少なさに、覚えがあった。どこの少なさかと辿って、蔵に行き着いた。行き着いてから、まさか、と打ち消す。ここは、殿下のお部屋である。
 火鉢の灰は、固く締まっていた。火箸が一本、斜めに刺さったままになっている。この冬はまだ一度も、火を知らない灰だ。
 火鉢の前に膝を揃えて、絃羽は籠を脇へ下ろした。火箸を抜き、固まった灰を崩して、平らに均す。真ん中を、浅く窪ませておいた。
 燐寸を擦ると、小さな火が指の先で揺れた。付け木へ移せば、硫黄の匂いがつんと立って、火は薄い木肌を這い上がっていく。それを窪みに寝かせ、細かな炭から順に、上へ組んでいった。
 顔を寄せて、息を吹いた。細く、長く。吹きすぎれば火は散り、足りなければ炭まで届かない。
 炭の来る年もあったので、やり方はその時に覚えた。
 三度目で、炭の角がぽつりと赤くなった。赤は隣の炭へ移り、その隣へ移って、やがて火鉢の底で小さく息をしはじめている。炭の匂いが、部屋に立った。朝、渡り廊下の先から流れてきたのと、同じ匂いだ。
 戸口から差していた夕の明かりが、ふっと翳った。
 絃羽が顔を上げると、敷居の外に篝が立っていた。篝の足はそこで止まったまま、目だけが火鉢の赤に落ちている。

「何をしている?」

 火箸を灰に立てて、絃羽は膝をそちらへ向けた。

「火を入れております」
「入れるなと言ってある」

 篝の外套の袖口で黒い革の指が動きかけて、止まった。

(そうだったんですね……)

 そのようなお言いつけは、まだ伺っていなかった。
 火から少し離れただけで、吐いた息が白く濁った。

「ですが殿下、この部屋は寒うございます」
「慣れている」

 何事もないように、篝は言った。相変わらず、彼は敷居の外から一歩も動いていない。
 灰に立てた火箸の頭へ、絃羽は指を掛けた。

「……左様でございますか」

 お返事はしつつも、手は止めなかった。火が細らないよう、火箸を抜いて、赤くなりかけた炭をひとつ、火の芯へ寄せる。
 篝の目が、火鉢から絃羽の膝の脇にある籠へ落ちた。

「というより……それは、お前の部屋の炭だろう?」

 籠の縁に、絃羽は掌を当てた。

「はい。宗次さんが、運んでくださいました」
「は……?」

 篝の口が、一度閉じてから、また開いた。

「お前の部屋も、ここと同じだけ冷える。自分で使え」

 声は、そこで一段低くなっていた。
 絃羽は、ゆっくりと首を横に振った。

「いいえ」

 腰の下で、足袋に包まれた足の指が、確かめるようにひとつ曲がった。

「わたくしには、足袋がございますので」

 にっこりと、そう付け加えてみせる。
 実際に、今朝はこれまでと段違いの朝を過ごせた。

「全く……」

 篝は呆れたように溜め息を吐いて何かを続けようとしたが、結局それ以上は何も言わなかった。