My Strong

 初めてフィラリンに会った日から、私はどのぐらい変わっただろうか。
 そんなことをぼんやりといつもの草原に体育座りしながら考えていた。私自身はきっとほとんど変わっていないんじゃないかと思う。変わったと思う面はどちらもずっと前からあった個性な気もするし、それがほんのちょっとした環境によって現れたり現れなくなったりしているんだと思う。
 フィラリンに会ったら、話したいこと、相談したいことがたくさんあるのに、なぜだろう。まだ来ないでほしいと思っている私がいる。

「それにしても遅いなあー。」

 フィラリンはきっと近くにいるだろうと思って、わざと本人に聞こえるように呟いてみる。

 でも来ない。

「フィラリン?フィラリンー!!」

 どうしよう、なんだろう、この唐突な不安感。
 もう二度とフィラリンがここに来ないようなそんな予感。もう会えないような、寂しいと感じる前の感情で心臓がドクドク言っている。
 私、こんなにフィラリンを心の拠り所にしていたんだ・・・。
 出会いは唐突。別れも唐突。
 フィラリンは結局どれだけ待っても草原には現れなかった___。

 翌朝、浅い眠りが長時間続いた影響か頭痛で目が覚めた。
 結局フィラリンと話せないまま、今日を迎えてしまった焦りと、自力での決断が迫られている焦りとプレッシャーで、ベッド上から身動きができない。
 治らない頭痛、ずっと布団を握っている手に汗が滲み、次第に緊張感で腹痛が強まり、頭の中に『学校を休む』という選択肢が浮かんで消えまた浮かんでくるを繰り返す。

「大丈夫?学校に欠席の連絡入れようか?」

 心配し部屋に様子を見にきた母が、汗だくの私を見て風邪と判断し、学校を休むことをすすめてきた。
 今日は本当に学校を休みたい。休めたらきっとすぐにこの汗だく状態と頭痛・腹痛も治るだろう。だって簡潔に言えば《学校での自分》から逃げたくてこうなっているんだから。
 でも、今日休んだら、明日、また明後日、明々後日と学校から逃げたくなる気がする。自分で自分のことが決められないまま逃げ続けてしまうだろう。
 このまま大して変われない自分でいいんだろうか。
 自分を守り続けて自分を見失って、大切な友達に背を向ける私でいていいんだろうか。
 自分の《好き》を自由に発言できない環境で、偽りの自分を演じ続けて楽しいのだろうか。
 そんなのもう嫌だ。
 こんな自分もう好きでいられない。
 ごめん自分。ずっと嘘つかせてつらかったね。

「ううん、学校は行く。風邪じゃないから、大丈夫。昨日ちょっと布団かけすぎたかも。」

「ええー本当?大丈夫なの?じゃあ・・・無理しないでね。」
 
 もう自分に嘘はつかない。自分で決めるべきことは分かっている。そして・・・その答えも。
 その答えは、必ずしも正解ではない。私が出したこの答えで、もしかしたら誰かを傷つけてしまうかもしれない。でも、それはきっとどんな答えでもそうだ。
 誰かを傷つけてしまうため(・・)の答えなら、するべきではないけれど、誰かを傷つけてしまうかもと恐れて答えを決断できないのも良くない。だから、きっと人は何かを決断する時、迷うんだ。
 今日、つるちゃんやめめちゃんに会ったら、すぐに言うんだ。私が本当に好きなのは___。

「行ってきます!」

 きっと今日は私にとって人生のターニングポイントになるだろう。勇は「元に戻ればいい」って簡単に言っていたけれど、元の私に戻るのはきっと難しい。
 それは、一軍の居心地の悪さ以上に居心地の良さを知ってしまったから。でも、決断した以上はもう進むしかない。巻き戻しはしない。
 一軍のみんなが、《好き》に自由になった私を受け入れられないなら、それでいい。ハブられたってそれも覚悟のうえだ。いじめは・・・だいぶ怖いけど。
 いじめ・・・あるかな・・・さすがにそこまでしないよね。でも、一軍のメンバーに背を向けたら、何されるか本当に分からない。やっぱり怖いかも・・・。

「・・こさん!よーこさん!」
 振り向くと、そこには優しい笑顔のヲタクさんこと勇がいた。

「おはよう!勇どうしたの?!」
 驚いて目を丸くしていると、勇のすぐ後ろの柱から懐かしいホワイトムスクの香りがした。
 
「もう一人いるんだ。ほら、話したかったんでしょ?朱音出てきなよ。」
 勇がそう言いながら、後ろを振り返り、柱の後ろにいた、懐かしい私の大切な人の腕を引っ張る。

「朱音・・・どうして??ううん、そうじゃなくて!その・・・」
 上手く言葉を紡げない。謝りたいのに。謝らなきゃいけないのに、今までのこと。でもどう謝ったらいいか分からない。

「久しぶり、陽子。」
『久しぶり』と言った朱音の声があまりにも優しくて、まるで小さい頃一緒に探し回ったたんぽぽの綿で包まれたような感覚になる。

「・・・久しぶり。」
 やっぱりなんか気まずい。私のせいだけど。

「陽子さんに紹介した、アイドル研究同好会には実は朱音も入部してくれていてさ。それで、僕が知らずに陽子さんのことを話したら、二人が元々仲良かったって聞いたんだ。」
 勇がさりげなく朱音の一歩後ろに下がり、私と朱音が話しやすいようにしてくれる。

 ここで私から言わなきゃ。
 私の気持ち。朱音への気持ち。話さなくなってから本当は寂しかったこと。一軍のグループに入って1番後悔したことは朱音と一緒にいられなくなったことだって。話さなくなっても唯一親友と呼べるのは朱音だけだってこと。ただただ謝りたいこと。

 やっぱり私から言おう。
 私の気持ち。陽子への気持ち。話してくれなくなってどれだけ寂しく悲しかったか。でも、自分から話そうとしなくて時間だけが過ぎて、その間陽子への気持ちを紛らわすために、たまたま見かけたアイドル研究同好会に入ったこと。

「あのね・・・っ!」
 その時___

「陽子???」
 めめちゃんだった。つるちゃんも一緒にいる。

「何してんの?げ!三組の陰キャいるんじゃん!陰キャに仲良しボランティアでもしてんの?」
 めめちゃんはそう言いながら、勇と朱音の全身を下から上に睨みつける。

 ひどい・・・。
 でも、私はこういう時友達を守ってあげられる強さをもっていなかった。ただヘラヘラ苦笑いするか、その場をそっと逃げるしかできないでいた。
 でも、それでもいいのかもしれない。たとえ、ひどい人に言葉で強く言い返したりできなくても、ひどい人がいなくなってから、『あなたのことが大切だよ、そばにいるよ、必要なんだよ。』って後になってからでも伝えてあげることができれば、その言葉だけで、たった一言だけで友達を守ることができるのではないだろうか。
 言葉を伝えるのは時に勇気がいる。なかなか声がでなくなる人もいるだろう。だから、伝えるのは自分のペースでいい。焦らず丁寧に伝えることができた時、その言葉が本物になる。
 
「陽子ー、一緒に学校まで行こう?」
 つるちゃんだ。いつもの甘い声に自分の決断が揺らぎそうになる。

「___私って、みんなに必要?」
 つるちゃんとめめちゃんに問いかける。

「え・・・どうしたの?急に?」
「なにい??めめびっくりしたんだけど。」

 やっぱり。この反応になるの分かっていたよ。
 でも、すぐに『必要だよ。』って言ってほしかったよ。まあ、いいけどね。
 だって後ろを振り向けば・・・

『もちろん!必要だよ!』

 そう言ってくれるあなた達がいる___。
 
 その言葉があなた達から聞ければ、充分、私は幸せです。

 《好き》を嘘ついたって、苦しくなるぐらいまで悩むことなんてないんだ。
 嘘つく前の《元の自分》に戻ればいいだけ。何も言わなくなっていい。そのうち、《本当の自分》を話せる強さが身につくから。
 無理に自分の《好き》を打ち明けなくたっていんだ。だって、時には《秘密》は自分を守る術になる。自分の《秘密》を守ることも強さの土台を作る。
 その強さの作り方が分からなくなったら、《好き》を浴びよう。きっとあなたの《好き》があなたの《強さ》に導いてくれるから___。

「ごめん!今日は勇と朱音と一緒にアイドルトークしようって約束したんだ!月陽華梨がソロデビューしたの。話すことたっくさん!じゃあまたね!」
 そう言って両腕で、勇と朱音と腕を組み合う。

 あなた達がいてくれたから、私はまた、《好き》に素直になれる。