追放された祈祷師は、辺境の姫騎士様に拾われる。〜戦えない僕の祈りで〝呪われ姫〟を最強の神剣使いに。戻ってこいと言われても、もう遅い〜

 戦いの終わったグラッテの村は、それでも、まだ騒然としていた。
 崩れた家屋、雪に散らばった家財、焦げた木の匂い……それから獣の血の臭いが、冷たい風に混じって漂っている。あちこちですすり泣きが上がり、親が子の名を呼ぶ声が、雪の上を這っていた。
 その混乱の真ん中で、イリアの声だけは不思議とよく通った。

「怪我人は村長の家へ。動ける人は、火の始末を。子供とお年寄りから、順に暖を取らせてください」

 白銀の刃を鞘に納めたイリアは、そう指示を出す。また、自らも倒れた柱を押しのけ、下敷きになりかけた老人を助け起こしていた。

(凄いな……これで僕より年下なのか)

 第三王女は確か、今年で十七だ。ルカよりもふたつ年下のはずだが、こうして見ていると随分と大人っぽく見える。
 声も、手も、止まらない。うろたえていた村人たちが、姫騎士の声を頼りに、少しずつ動き始めていた。ばらばらだった人の流れが、一本の筋へと整っていく。
 まさに、王女の手腕。自分には到底真似できる気がしなかった。
 てきぱきと、姫の差配が飛ぶ。避難の誘導、負傷者の確認、家屋の被害の把握。さっきまで白銀の神剣を振るって化け物を屠っていた少女が、今は現場を回す実務家の顔になっているのだ。
 守る人であり、同時に支える人。彼女は、そういう役目を担っているのだろう。
 しばし、その働きぶりに見惚れてしまっていた。
 だが、いつまでも眺めている場合ではない。

(僕も、姫様を見習わなくては)

 ルカに医術の心得はなかった。剣も振れないし、攻撃魔法や回復魔法のひとつも使えない。長官曰く、無能。だが、そんな無能でも、祈ることならできる。
 雪に膝をつき、肩を切られて呻いている村人のそばで、かじかんだ手をかざした。
 ──禊祷。
 穢れや、傷に巣くう悪いものを祓う、ささやかな祈りだ。派手な光も、劇的な効果もない。聖杯なら、きっと針ひとつ動かさないだろう。
 しかし、じわりと呻いていた者の息が、和らいだ。膿みかけていた傷口の、赤い腫れが、目に見えて引いていく。

「あれ?楽に、なった……?」

 肩を押さえていた老人が、戸惑ったように、傷口とルカの顔を交互に見比べた。

「すみません。骨折までは僕じゃどうにもできないんですけど……痛みだけなら、少しは」

 ルカは正直に言った。ルカの祈祷は、万能ではない。傷をたちどころに塞ぐような、そんな大それた力は持てなかった。上位の祈祷師ならばそれも可能だが、ルカでは到底無理だ。ルカにできるのは、痛みに寄り添い、悪いものを祓う。そのくらいだ。
 それでも。

「ありがとう、祈祷師様。随分と楽になった。ありがとうよ」

 しわがれた声で、老いた村人が、皺だらけの手を合わせて何度も頭を下げた。
 ルカは、うまく返事ができなかった。

(……ありがとう、って)

 ここ数年聞かなかった言葉なのに、今日一日で随分と聞いている気がしてきた。無能と嗤われ、聖杯に映らず、王都に要らないと捨てられた祈り。その祈りに、「ありがとう」が返ってくる日が来るだなんて。
 王都では、決してもらえなかったもの。それを、こんな辺境の、雪に埋もれた村でもらえている
 鼻の奥が、また、つんとした。

(うう、ダメだ。こんなので泣きそうになっててどうする)

 気を取り直して、祈祷を続けていく。
 傷ついた人から人へと手をかざして回るうちに、別の村人が、遠慮がちに近づいてきた。
 この辺境の村人たちは、ルカが追放された者だと知らない。ルカに、どんどん祈りを頼んできてくれた。

「祈祷師様。あんたのおかげで、婆さんの痛みが引いたって。……ありがとう」

 ルカは、慌てて首を振った。到底、自分の手柄には思えなかった。

「いえ、僕は……大したことは。皆さんを救ったのは、イリア様です。お礼なら、彼女にお伝えください」

 傍で負傷者たちを見て回っていたイリアが、それを聞いて小さく笑みを漏らす。

「ルカは、すぐに自分の手柄を人に譲ってしまうんですね」
「え、あ、その……」

 図星を突かれて、思わず言葉に詰まる。

「責めているわけではありませんよ。そんなに慌てないで下さいまし」

 イリアはくすくすと笑い、「でも」と付け足した。

「……あなたの祈りがこの人たちを楽にしたのも、本当のことです。その事実だけは、認めてもよいのではないでしょうか」

 正面から言われて、ルカはまた視線を落とした。
 頬に、熱が上ってくる。
 この人は、どうして、こう。
 村の始末に一区切りがつく頃には、陽が傾きかけていた。
 見送りに出た村人たちが、雪の中で深く頭を下げている。その列の中には、ルカに手を合わせた、あの老人の姿もあった。
 イリアに促されて馬車に乗り込みながら、ルカは、なんだか面映ゆくて、振り返れずじまいだった。
 馬車が、雪道をゆっくりと北へ進む。窓の外を、白い平原がどこまでも流れていった。
 道すがら、イリアは少しだけ、これから向かう砦の内情を語った。膝の上で手を組み、言葉を選びながら。

「ルカ。先に、言っておきますね」
「はい?」
「実のところ……砦はあまり、立派ではありません。物資も乏しいので、あまりもてなしてあげられそうになくて。すみません」
「い、いえいえ、そんな!」

 申し訳なさそうに肩を落とす王女に、ルカは慌てて両手を振った。

「僕なんて、暖を取らせてもらえるだけで十分ですから。気にしないでください。でも、厳しい状況なんですね……」
「はい。王都からの支援も……もう、長いこと、途絶えたままで」

 その横顔には、隠しきれない疲れが滲んでいた。
 ただ、それはこうして隊長自らが護衛も連れずに村を回っていることで十分予想できた。
 姫自らが強いというのもあるのだろうが、人手が足りないのだ。
 防衛ラインの数を見回りに回せるだけの余裕さえないのだろう。
 しかし、疲れと同じくらい、その声には確かな覚悟が滲んでいた。

「それでも、あそこは、守らなければならない場所なんです」

 窓に映る彼女の瞳は、まっすぐ北を向いていた。