9月も終わりが近づいてきている。十五夜は入院している間に過ぎてしまったらしい。もう残暑は鳴りをひそめ、秋の様相を呈し始めていた。学ランをクリーニングに出してくれ、と母さんにお願いして、家を出る。
学校までの道のりは、毎日どこか少しずつ変化している。本町通りはいつもどこかしら工事が行われている。世間からしてみれば大分田舎のほうである盛岡も、進化してきているのだ。
高い高い空を、カラスの群れが一斉に飛び立っていく。そういえば、このあたりはカラスが多いよな、なんてどうでもいいことを考えながら、見慣れた校舎へ足を進めた。
バカみたいな快晴だ。こんな日には、また学校を抜け出して、啄木ごっこをやるのがいいのかもしれない。そう思って、また莉子のことを思い出して、不意に悲しくなった。
でも、上を向いて涙をこぼすまいとする。泣くな、颯介。
教室に着くと、亮司がすでにスマホゲームをしていた。
「はよ」
「おー。次一戦しようぜ」
「おけ」
その隣の席を見て、声をかけようとして、華奢な少女の影がないことを思い出す。そうだった、ここはもう空席なのだ。
莉子がいない世界には、まだ慣れることはできない。当分、こうやって確かめては、いないことを思い出して胸が疼くのだろう。でも、それでも、俺は生きていく。
亮司とゲームをしていると、朝学習の時間になる。スマホの電源を落として、Focus Goldを開いた。今日はこの間中止になってしまった考査が行われるらしい。範囲となっている平面図形の単元の章末問題を解いてみることにした。
さして難しい問題に出会えないまま、ホームルームの時間となり、担任が入ってくる。夏を過ぎたというのに、まだ夏バテしているのか、気怠げに必要事項を話した。
「テストと同時進行で、えー進路面談をやっていく。昼休みと放課後、席次順に呼ぶから来るように。放課後が難しい場合は先に相談してくれ」
進学校なだけあって、頻繁に進路に関する面談や希望調査が取られる。俺もそろそろ将来について真面目に考えないとな、と思った。
なあ、莉子。俺も成長しているんだぜ? 適当に東北大って書くんじゃなくて、もっと上を目指してみようって、今は思っているんだ。
「それと、考査が終わったら、少し遅くなったが、席替えをするつもりだ。くじを用意しておくように」
きっと、席替えをしたら、前から二番目の空席もなくなってしまうのだろう。俺もこの主人公席から外れてしまうのだ。
変わっていく。毎日、少しずつ、どこかしらが変わって、でもそれはずっと地続きで。俺はその毎日を確かに踏み締めて、歩いていかなければならないのだ。変わることを、認めなければいけない。生きるとは、詰まるところそういうことなのかもしれない。
数学のテストは、多分満点だ。いや、記述で減点されているかもしれないが。他にも満点を取った人はいるだろう。比較的易しかったから。でも、これは俺にとって大きな一歩。今回は、全部の科目で本気を出すつもりでいる。向き合おうとしている。
名字が及川なのもあって、進路面談はすぐに回ってきた。
「及川は、東北大か?」担任は何を考えているのかよくわからない声色で聞いてきた。
「いや、まだちゃんと考えていなくて。でも、これから考えようと思ってます」
「おう、そうか。お前、ここ数日でガラッと雰囲気変わったよな」
「そうっすかね」へラリと笑う。人づき合いの癖はすぐには変わらないらしい。
「学部はどうするつもりなんだ? 理数科志望だったよな?」
「はい。数学科に行こうと思っていて。勉強していて一番楽しいので」
「いいことだな。確かにお前、いっつもFocus Gold開いてるよな」ははは、と笑いながら言われた。意外と見られているものだな、なんて思った。
「それで、ちょっと視野を広げて大学を探そうと思っていて。もう遅いかもしれないんすけど、東京科学大学、見てみようかなって」
「お。目のつけ所がいいなぁ。多分進路指導室に行けば資料置いてあると思うぞ」
「そうなんすか、じゃあ行ってみます」
進路指導室という存在があるのは知っていた。でも、三年生の階だから普段は行かないし、どういう使い方をするのかすら知らなかった。
科学大はかなりレベルが高い。狙って平均を取ってきたから、本気を出せばそれなりに成績が良くなるとはいえ、校内二十位程度に入っていなければ無理だろう。それでも受かるかわからない。
「それと――お前、大丈夫か?」
「何がっすか?」
「阿部のこと」心配そうに聞いてくる。
「大丈夫なわけないじゃないですか。でも――大丈夫ですよ」俺は口角を上げて答えた。
「……そうか」担任は静かに微笑んで、面談は終わりだと言った。
放課後の教室は、西日が差し込んで、でも薄暗くて、感傷に浸るのにちょうど良さそうだった。だが、俺はすぐに荷物をまとめると、亮司を引き連れて進路指導室へと向かったのだった。
学校までの道のりは、毎日どこか少しずつ変化している。本町通りはいつもどこかしら工事が行われている。世間からしてみれば大分田舎のほうである盛岡も、進化してきているのだ。
高い高い空を、カラスの群れが一斉に飛び立っていく。そういえば、このあたりはカラスが多いよな、なんてどうでもいいことを考えながら、見慣れた校舎へ足を進めた。
バカみたいな快晴だ。こんな日には、また学校を抜け出して、啄木ごっこをやるのがいいのかもしれない。そう思って、また莉子のことを思い出して、不意に悲しくなった。
でも、上を向いて涙をこぼすまいとする。泣くな、颯介。
教室に着くと、亮司がすでにスマホゲームをしていた。
「はよ」
「おー。次一戦しようぜ」
「おけ」
その隣の席を見て、声をかけようとして、華奢な少女の影がないことを思い出す。そうだった、ここはもう空席なのだ。
莉子がいない世界には、まだ慣れることはできない。当分、こうやって確かめては、いないことを思い出して胸が疼くのだろう。でも、それでも、俺は生きていく。
亮司とゲームをしていると、朝学習の時間になる。スマホの電源を落として、Focus Goldを開いた。今日はこの間中止になってしまった考査が行われるらしい。範囲となっている平面図形の単元の章末問題を解いてみることにした。
さして難しい問題に出会えないまま、ホームルームの時間となり、担任が入ってくる。夏を過ぎたというのに、まだ夏バテしているのか、気怠げに必要事項を話した。
「テストと同時進行で、えー進路面談をやっていく。昼休みと放課後、席次順に呼ぶから来るように。放課後が難しい場合は先に相談してくれ」
進学校なだけあって、頻繁に進路に関する面談や希望調査が取られる。俺もそろそろ将来について真面目に考えないとな、と思った。
なあ、莉子。俺も成長しているんだぜ? 適当に東北大って書くんじゃなくて、もっと上を目指してみようって、今は思っているんだ。
「それと、考査が終わったら、少し遅くなったが、席替えをするつもりだ。くじを用意しておくように」
きっと、席替えをしたら、前から二番目の空席もなくなってしまうのだろう。俺もこの主人公席から外れてしまうのだ。
変わっていく。毎日、少しずつ、どこかしらが変わって、でもそれはずっと地続きで。俺はその毎日を確かに踏み締めて、歩いていかなければならないのだ。変わることを、認めなければいけない。生きるとは、詰まるところそういうことなのかもしれない。
数学のテストは、多分満点だ。いや、記述で減点されているかもしれないが。他にも満点を取った人はいるだろう。比較的易しかったから。でも、これは俺にとって大きな一歩。今回は、全部の科目で本気を出すつもりでいる。向き合おうとしている。
名字が及川なのもあって、進路面談はすぐに回ってきた。
「及川は、東北大か?」担任は何を考えているのかよくわからない声色で聞いてきた。
「いや、まだちゃんと考えていなくて。でも、これから考えようと思ってます」
「おう、そうか。お前、ここ数日でガラッと雰囲気変わったよな」
「そうっすかね」へラリと笑う。人づき合いの癖はすぐには変わらないらしい。
「学部はどうするつもりなんだ? 理数科志望だったよな?」
「はい。数学科に行こうと思っていて。勉強していて一番楽しいので」
「いいことだな。確かにお前、いっつもFocus Gold開いてるよな」ははは、と笑いながら言われた。意外と見られているものだな、なんて思った。
「それで、ちょっと視野を広げて大学を探そうと思っていて。もう遅いかもしれないんすけど、東京科学大学、見てみようかなって」
「お。目のつけ所がいいなぁ。多分進路指導室に行けば資料置いてあると思うぞ」
「そうなんすか、じゃあ行ってみます」
進路指導室という存在があるのは知っていた。でも、三年生の階だから普段は行かないし、どういう使い方をするのかすら知らなかった。
科学大はかなりレベルが高い。狙って平均を取ってきたから、本気を出せばそれなりに成績が良くなるとはいえ、校内二十位程度に入っていなければ無理だろう。それでも受かるかわからない。
「それと――お前、大丈夫か?」
「何がっすか?」
「阿部のこと」心配そうに聞いてくる。
「大丈夫なわけないじゃないですか。でも――大丈夫ですよ」俺は口角を上げて答えた。
「……そうか」担任は静かに微笑んで、面談は終わりだと言った。
放課後の教室は、西日が差し込んで、でも薄暗くて、感傷に浸るのにちょうど良さそうだった。だが、俺はすぐに荷物をまとめると、亮司を引き連れて進路指導室へと向かったのだった。



