きみを呼ぶのをやめるまで

 面会可能時間になった。亮司と母さんが一緒に部屋に入ってくる。

「派手に怪我したなぁ……本当にお前、大丈夫か? 最近体調は崩すわ怪我はするわ」亮司が、お祓いにでも言ったほうがいいんじゃね? と冗談めかして言う。ついでに俺の好きな福田パンのピーナッツバターを買ってきてくれた。
 
 亮司はしばらく病室にいて、学校での出来事を色々教えてくれた。学校中の人間が意識を失ったのだから、警察や校医が次々とやってきて、事情を聞いてきたらしい。だが、何一つとして分かることはなかったようだ。
 あのときの出来事は、俺らしか知らない。だが、ここで亮司に説明したとて、意味はないだろう。俺は何も言わなかった。
 それから、考査は日程を改めて再度やることになったこと、その分範囲が増えて対策な面倒になったことなどを話して、亮司は帰っていった。母さんに遠慮したのだろう。

「あんた、本当にどうしちゃったのよ……」母さんは俺の手を両手で包むように握って、さめざめと泣き出した。ごめん、と謝るが、泣き止んでくれなかった。必死で言い訳を考えてみたが、それすらも申し訳なくなって黙る以外の選択肢が見つからない。ベッドの角度を変えて、母さんの背中をさする。

 あたりを見回すと、莉子が真面目な顔をしてこちらを見ているのがわかった。てっきり、自責を感じて泣いているのだろうと予想していたから、少し面食らった。いや、そもそもこいつは滅多に人前で泣かないのだ。中学の頃だって、誰にも見られないように、皆が帰った教室で泣いていたのだから。
 俺は久しぶりに、母さんとじっくり話した。最近は莉子と話すのと勉強と亮司とのゲームに時間を割いてばかりいたから、家族での会話ができていなかったのだ。
 本当に愛されている。これまで一度たりとも、親の愛を疑ったことはない。母さんも父さんも、いつだって俺の味方でいてくれるし、俺を応援して、大切に思ってくれている。
 ――その当人の俺は、俺自身を大切にできているだろうか?
 ふと、そんな疑問が浮かんできて戦慄した。最近の行動は、己を大切にするとは真逆のものばかりだ。俺は一体何をしているというのだろう。
 だが、消耗をなくすためには、莉子を呼ぶことを諦めなければならない。それだけは、譲れないのだ。園田さんは一年経った今でも、待って、と言ってしまうくらい、美里さんのことを忘れられていなかった。二か月しか経っていない俺は、そう簡単に割り切ることなど出来やしない。
 いや、何年経ったって出来ないだろう。俺は正直、莉子のいない世界を一人で生きていける気がしないのだ。
 俺はどちらを選び取ればいいのだろうか。
 もう一度、莉子を盗み見たが、完全に迷いが消えたような、そんな晴々した表情をしていて、俺は戸惑ってしまった。こちらを見ているようで、どこか俺を映していないような。
 いつの間にか夕方になっていて、病室の窓からは息を呑むほどに美しく真っ赤に染まった空が見えた。