何か大きな音が少しずつ近づいてきているような気がした。でもそれは、例えば飛行機やヘリコプターが頭上を通過していくときのような、意識していなければ気づかないようなものだった。そのせいで、俺は何にも気づけなかった。
突如として、爆音が鳴り響き、次の瞬間には記念館の天井が勢いよく崩れてくる。俺は確かに見た。天井の上に乗っていたのは、黒い大きな物体だった。例えるならブラックホールのようだった。何もかもが吸い込まれそうな闇の色をしたそれが、天井を押しつぶしてきたのだ。
俺は咄嗟に莉子を守るべく、飛び出した。これでも幼い頃からサッカーで体を鍛えてきた。反射神経にはそれなりに自信がある。莉子を抱きしめようとした。だが、間に合わなかった。伸ばした手が空を掴む。黒い物体から何かが出力されるのに気づいたような気がする。目の前が真っ白の光で覆われた。
強い衝撃が身体中に走る。何が起こったか理解が及ばない。
ふと、有名な作品のワンシーンが頭によぎった。宮沢賢治の話をしていたからだろうか。『銀河鉄道の夜』でジョバンニが銀河鉄道に招かれるところだ。あそこでは確か、不思議な声が「銀河ステーション、銀河ステーション」というのが聞こえて、それから強い光に包まれ、気づけば銀河鉄道に乗せられているのだった。莉子が絶対に読めと言って俺に貸したから、賢治の作品はいくつか読んだことがあるのだが、あの銀河ステーションのシーンだけが、俺の頭の中で繊細な色彩を持って映像化され、鮮明に記憶に残っているのだ。
俺は銀河鉄道にでも乗るのだろうか――?
光の次に、あたりは暗転した。
目が覚めたとき、状況を把握するのに数分を要した。それも把握しただけで、理解が追いつかなかったが。
端的に言えば、白堊記念館は半壊していた。だが、確かに先ほど目に映った黒い物体は、跡形もなく消え去っていて、勝手に半壊したかのような状態になっている。
莉子はどこだ――⁉︎
「莉子! 莉子? どこにいる?」
女子にしては少し低めの声の返事が返ってくると期待した。だが、返ってこない。嫌な音を立てる心臓を押さえつけて、震える手で瓦礫をどかしていく。信じたくないが、莉子がいた場所には倒壊した天井の一部が突き刺さっている。
どれほどの時間をかけて、瓦礫を動かしていたのだろうか。そのうち学校関係者が呼んだのか、救急車と消防車がけたたましい音を上げて近づいてきた。
そのときだ。瓦礫の下にいる莉子、いや莉子だったものを見つけてしまった。歯がガチガチと鳴っていたが、しばらくそれが自分の体から出る音だとは気づかなかった。息の仕方がわからなくなっていく。
慌てて駆け寄って、潰れてしまっている胸に耳を近づけた。わずかにでも心臓が動いていることを願って。だが、まったく音が聞こえてこない。息もしていないようだった。
「おい、嘘だろ? なあ、おい! 莉子!」
レスキュー隊らしき人たちが瓦礫を踏みつけながらやって来た。変わり果てた莉子を見つけるや否や、テキパキと救命を始めていく。心肺停止という声が聞こえて、瓦礫の山にがっくりと膝をつく。
別の隊員が近づいてきて、俺はあれよあれよという間にストレッチャーに乗せられてしまった。何を聞かれ、何を答えたのかまったく覚えていない。パニックのあまり過呼吸を起こしていたらしく、落ち着かせるのが大変だったようだ。
病院に着いて、さまざまな検査を受けさせられたが、その間中俺は何度も何度も莉子の容態を聞いた。検査を受け終わるまで、ずっとはぐらかされていたが、莉子は即死だったらしい。特に体に問題のなかった俺はすぐに退院することになったが、莉子が死んだという事実に打ちのめされ、まったく食事が喉を通らなかった。
葬式に出ることができなかったのも、俺が現実を受け入れられない理由のひとつだったのだろう。のうのうと検査を受けている間に、莉子だった体は焼かれてしまったのだ。他のクラスメイトは参列したようだったが、一番近かった俺だけが参加できなかった。
「喉通らねえのもわかるけど、栄養は入れろよ」
俺を心配して家まで来てくれた亮司が、ウィダーインゼリーを投げてよこした。ゲームやらねえ? と誘ってもくれたが、到底そんな気分にはなれなかった。気を遣ってくれたのだろうが、その優しさを受け取れるほどの余裕すらもなかったのだ。
亮司が帰ったあと、リビングのソファでくつろぎながらニュースを見ている母の横を通り抜け、部屋に戻ろうとしたとき。アナウンサーのさも深刻そうな、それでいて無機質な声で発せられた内容が不意に頭で意味を成した。
「県立盛岡第一高校敷地内の白堊記念館で起きた事故についてです。警察によりますと、原因は隕石衝突と考えられるということです」
くらりとして、あのときの記憶が鮮明に蘇ってくる。クーラーから吹き抜ける冷たい風が、心なしか体を震わせた。
――違う。隕石衝突などではない。絶対に。あれは、現代科学では説明のつかない何かだった。隕石が俺たちを目掛けて攻撃を放つだろうか? 否、そんなわけがないだろう。
俺は耳を塞いで、できる限り何も考えないように部屋に戻った。だが、頭から振り払おうとすればするほど、白堊記念館での出来事が何度も何度も脳内で再生されてしまう。
どうして隕石衝突などという判断が下されたのだ? 現場には瓦礫しかなく、隕石らしきものはなかったではないか。確かに小さな隕石でもあれくらいの衝撃は与えられるのかもしれないが、見つけてもいないのに断定するだなんて……。
もしかしたら、衛星にあの黒い物体が落下してくる様子が写っていたのかもしれない。それを見て判断したのだろうか。
いずれにしても、唯一の情報の持ち主である俺が何かしら言わなければ、隕石衝突で片付けられてしまうだろう。そう思ったが、まったく反論する気力が生まれなかった。
好きな人を失ってしまった。その事実はあまりにも大きすぎて、重すぎる。
突如として、爆音が鳴り響き、次の瞬間には記念館の天井が勢いよく崩れてくる。俺は確かに見た。天井の上に乗っていたのは、黒い大きな物体だった。例えるならブラックホールのようだった。何もかもが吸い込まれそうな闇の色をしたそれが、天井を押しつぶしてきたのだ。
俺は咄嗟に莉子を守るべく、飛び出した。これでも幼い頃からサッカーで体を鍛えてきた。反射神経にはそれなりに自信がある。莉子を抱きしめようとした。だが、間に合わなかった。伸ばした手が空を掴む。黒い物体から何かが出力されるのに気づいたような気がする。目の前が真っ白の光で覆われた。
強い衝撃が身体中に走る。何が起こったか理解が及ばない。
ふと、有名な作品のワンシーンが頭によぎった。宮沢賢治の話をしていたからだろうか。『銀河鉄道の夜』でジョバンニが銀河鉄道に招かれるところだ。あそこでは確か、不思議な声が「銀河ステーション、銀河ステーション」というのが聞こえて、それから強い光に包まれ、気づけば銀河鉄道に乗せられているのだった。莉子が絶対に読めと言って俺に貸したから、賢治の作品はいくつか読んだことがあるのだが、あの銀河ステーションのシーンだけが、俺の頭の中で繊細な色彩を持って映像化され、鮮明に記憶に残っているのだ。
俺は銀河鉄道にでも乗るのだろうか――?
光の次に、あたりは暗転した。
目が覚めたとき、状況を把握するのに数分を要した。それも把握しただけで、理解が追いつかなかったが。
端的に言えば、白堊記念館は半壊していた。だが、確かに先ほど目に映った黒い物体は、跡形もなく消え去っていて、勝手に半壊したかのような状態になっている。
莉子はどこだ――⁉︎
「莉子! 莉子? どこにいる?」
女子にしては少し低めの声の返事が返ってくると期待した。だが、返ってこない。嫌な音を立てる心臓を押さえつけて、震える手で瓦礫をどかしていく。信じたくないが、莉子がいた場所には倒壊した天井の一部が突き刺さっている。
どれほどの時間をかけて、瓦礫を動かしていたのだろうか。そのうち学校関係者が呼んだのか、救急車と消防車がけたたましい音を上げて近づいてきた。
そのときだ。瓦礫の下にいる莉子、いや莉子だったものを見つけてしまった。歯がガチガチと鳴っていたが、しばらくそれが自分の体から出る音だとは気づかなかった。息の仕方がわからなくなっていく。
慌てて駆け寄って、潰れてしまっている胸に耳を近づけた。わずかにでも心臓が動いていることを願って。だが、まったく音が聞こえてこない。息もしていないようだった。
「おい、嘘だろ? なあ、おい! 莉子!」
レスキュー隊らしき人たちが瓦礫を踏みつけながらやって来た。変わり果てた莉子を見つけるや否や、テキパキと救命を始めていく。心肺停止という声が聞こえて、瓦礫の山にがっくりと膝をつく。
別の隊員が近づいてきて、俺はあれよあれよという間にストレッチャーに乗せられてしまった。何を聞かれ、何を答えたのかまったく覚えていない。パニックのあまり過呼吸を起こしていたらしく、落ち着かせるのが大変だったようだ。
病院に着いて、さまざまな検査を受けさせられたが、その間中俺は何度も何度も莉子の容態を聞いた。検査を受け終わるまで、ずっとはぐらかされていたが、莉子は即死だったらしい。特に体に問題のなかった俺はすぐに退院することになったが、莉子が死んだという事実に打ちのめされ、まったく食事が喉を通らなかった。
葬式に出ることができなかったのも、俺が現実を受け入れられない理由のひとつだったのだろう。のうのうと検査を受けている間に、莉子だった体は焼かれてしまったのだ。他のクラスメイトは参列したようだったが、一番近かった俺だけが参加できなかった。
「喉通らねえのもわかるけど、栄養は入れろよ」
俺を心配して家まで来てくれた亮司が、ウィダーインゼリーを投げてよこした。ゲームやらねえ? と誘ってもくれたが、到底そんな気分にはなれなかった。気を遣ってくれたのだろうが、その優しさを受け取れるほどの余裕すらもなかったのだ。
亮司が帰ったあと、リビングのソファでくつろぎながらニュースを見ている母の横を通り抜け、部屋に戻ろうとしたとき。アナウンサーのさも深刻そうな、それでいて無機質な声で発せられた内容が不意に頭で意味を成した。
「県立盛岡第一高校敷地内の白堊記念館で起きた事故についてです。警察によりますと、原因は隕石衝突と考えられるということです」
くらりとして、あのときの記憶が鮮明に蘇ってくる。クーラーから吹き抜ける冷たい風が、心なしか体を震わせた。
――違う。隕石衝突などではない。絶対に。あれは、現代科学では説明のつかない何かだった。隕石が俺たちを目掛けて攻撃を放つだろうか? 否、そんなわけがないだろう。
俺は耳を塞いで、できる限り何も考えないように部屋に戻った。だが、頭から振り払おうとすればするほど、白堊記念館での出来事が何度も何度も脳内で再生されてしまう。
どうして隕石衝突などという判断が下されたのだ? 現場には瓦礫しかなく、隕石らしきものはなかったではないか。確かに小さな隕石でもあれくらいの衝撃は与えられるのかもしれないが、見つけてもいないのに断定するだなんて……。
もしかしたら、衛星にあの黒い物体が落下してくる様子が写っていたのかもしれない。それを見て判断したのだろうか。
いずれにしても、唯一の情報の持ち主である俺が何かしら言わなければ、隕石衝突で片付けられてしまうだろう。そう思ったが、まったく反論する気力が生まれなかった。
好きな人を失ってしまった。その事実はあまりにも大きすぎて、重すぎる。



