夢の中で、俺は何度も何度も戦闘シーンを繰り返していた。ここ数日に起こった三種類の戦闘シーンを、だ。幸い、夢だからか体は非常に軽く、熱っぽさも頭痛も何一つ感じない。その中で、いろいろなことを試した。夢の中の莉子にも、試してもらった。そうやって実験をして、俺の三つの仮説を検証したのだ。
夢で検証したって意味がないだろう、と笑われるかもしれない。だが、俺にとって、ここのところの一連の出来事は夢みたいなもので、あまり現実と区別がついていないのだ。だから夢で検証したって同じ結果になるだろう、という何の論理性もない考えで、試しているのである。
仮説は三つ。
・俺たちは異界から”力”を呼んでいる。もしかしたら、死者を呼んで蘇らせるということ自体、そういう力を呼んで実現している可能性もある。
・そして、それはあちらからやってきた物体も同様。現世の物に憑依して、その物を媒介して、異界から”力”を呼び、俺たちを攻撃している。
・さらに、あくまで呼ぶ主体は現世の人間、もしくは物でなければならない。これが一番自信のない仮説だ。だが、莉子が戦闘するたびに俺を頼らざるを得ないのは、莉子が現世を生きていないからだ。俺が呼んだときのほうが上手くいく。憑依して力を発揮する異界の物体も同じ原理なのだろう。
夢で脳が整理される、というが、本当のことらしい。俺は頭の中で超現実な出来事を整理することができて、満足した状態で目を覚ました。途端にズキリと激しい痛みが右目の奥に走り、俺は現実を思い出したのだった。
どうやら右目には包帯のようなものがぐるぐる巻かれているらしい。左目で読み取れるわずかな情報から、ここが病院らしいことを悟った。
どこかからテレビのニュースキャスターの声が聞こえてくる。
「続いてのニュースです。えー、信じがたい事故が起きました。本日午後、岩手県内の盛岡市中央公園で、男子児童が遊びの最中に『ビーム』と叫んだ直後、手元から発光現象が発生。近くの遊具が破損し、周囲にいた児童数名が巻き込まれました。児童は『遊びで“ビーム”と声に出した』と話しており、警察および関係機関が詳しい状況を調べています。なお、この事案については安全確保の観点から、現在、当児童は専門機関の管理下に置かれています」
耳を疑うようなニュースだ。
いつの間にか、俺の左隣には莉子がいて、ニュースを聞いてか、涙をはらはらと流しながら、俺の手をぎゅっと握った。きっと、何でもかんでも自分のせいだと思っているのだろう。どうしてそう思うのだろうか? 責任を負い過ぎではないだろうか。
――もとはと言えば、俺が呼んでいるのだから。俺にすべて預ければいいものを。
「私、ここにいても、いいのかなぁ……」消え入りそうな声が聞こえて、反射的に言い返す。「いいに決まってるだろ!」言葉に出してから、慌てて口を押さえた。ここは病室だ。隣のベッドに人がいるかもしれない。本当に変人だと思われてしまう。
困ったことに、近くを通った看護師に聞かれていたようだ。
「あ、及川さん起きましたー?」
穴があったら入りたい。
か細い声で返事をすると、どんな状態なのかを一通り説明された。俺は失明したようだ。視力は戻らないと言われた。まあそんなものか、と意外にすんなりと受け入れられた。夢の中で何度も怪我のシーンを反芻したからかもしれない。あれで避けるほうが難しかった。話を聞いて、莉子は隣でずっと号泣していた。そのせいでかえって落ち着けたのもある。
「どうして目を怪我したか、当時の状況など覚えていますか?」
「あー……」
返答にものすごく困った。怪異と戦って、などと言ったら、間違いなく精神科の閉鎖病棟に放り込まれてしまうだろう。
「あのとき、テストを受けていて。突然クラス全員が、いや、他のクラスもですけど、意識を失ったんです。なぜか僕だけが起きていて。びっくりして慌てて走り回って校内の状況を確認しているときに、ロッカーから飛び出していたラケットに気づかずぶつかってしまい……」
前半は本当のことだ。だが、嘘を言った後半よりよほど信じ難い内容だろう。看護師は怪訝そうな顔をしていたが、とりあえずメモだけ取って引き上げていった。
相変わらず莉子はずっと泣いている。
「泣くなよ……」
「颯介のせいだよ。真の別れをやってくれないから、私のせいでどんどんあちらの世界からやって来てる。私の力じゃどうしようもない。だから颯介を消耗させてしまっている。どうしたらいいの? 私から消えることはできない。私にどうしろって言うの……?」
「ごめん……」
「謝るんじゃなくて解決してよ! 理系でしょ?」
「そこに理系は関係ないだろ……」
俺は、莉子を手放さなければならないのか……?
その可能性が過ぎって、極度の不安に陥る。嫌だ。せっかく戻って来てくれたじゃあないか。先に逝かないで。俺を一人にしないでくれ……。
でも、このままでは俺はずっと莉子を苦しめ続けることになる。私のせい、私のせいってどんどん何もかもを抱え込んでしまって、毎日泣かせてしまう。俺は本当にそれを望んでいるのか?
シーソーのように、自分のための感情と莉子のための気持ちが次々と入れ替わって、まったく決着がつかない。その真ん中にまっすぐに立ち上っている理想があまりに高すぎて、手が届かない。
俺はただ、莉子と毎日笑い合いたいだけなのに。それすらも、叶えられないというのか。
迷いで胸が張り裂けそうだ。どうしたらいいのだろう。
ふと、左に目を向けて、心臓が飛び跳ねる。莉子の姿が消えかかっているのだ。
「莉子? 莉子!」
「…………」
声がうまく聞き取れない。何を言っているんだ? お願いだから、その美しい姿を俺に見せてくれ。その低くて耳馴染みのいい声を俺に聞かせてくれ。どうして、どうして……?
――もう、お別れだというのか?
だが、焦りも束の間、すぐに莉子は形を取り戻した。安堵からか、それとも体調がやはりよくないのか、俺は意識を保っていられず、左目の画面いっぱいに莉子のかわいらしい顔を映して、眠りについたのだった。
夢で検証したって意味がないだろう、と笑われるかもしれない。だが、俺にとって、ここのところの一連の出来事は夢みたいなもので、あまり現実と区別がついていないのだ。だから夢で検証したって同じ結果になるだろう、という何の論理性もない考えで、試しているのである。
仮説は三つ。
・俺たちは異界から”力”を呼んでいる。もしかしたら、死者を呼んで蘇らせるということ自体、そういう力を呼んで実現している可能性もある。
・そして、それはあちらからやってきた物体も同様。現世の物に憑依して、その物を媒介して、異界から”力”を呼び、俺たちを攻撃している。
・さらに、あくまで呼ぶ主体は現世の人間、もしくは物でなければならない。これが一番自信のない仮説だ。だが、莉子が戦闘するたびに俺を頼らざるを得ないのは、莉子が現世を生きていないからだ。俺が呼んだときのほうが上手くいく。憑依して力を発揮する異界の物体も同じ原理なのだろう。
夢で脳が整理される、というが、本当のことらしい。俺は頭の中で超現実な出来事を整理することができて、満足した状態で目を覚ました。途端にズキリと激しい痛みが右目の奥に走り、俺は現実を思い出したのだった。
どうやら右目には包帯のようなものがぐるぐる巻かれているらしい。左目で読み取れるわずかな情報から、ここが病院らしいことを悟った。
どこかからテレビのニュースキャスターの声が聞こえてくる。
「続いてのニュースです。えー、信じがたい事故が起きました。本日午後、岩手県内の盛岡市中央公園で、男子児童が遊びの最中に『ビーム』と叫んだ直後、手元から発光現象が発生。近くの遊具が破損し、周囲にいた児童数名が巻き込まれました。児童は『遊びで“ビーム”と声に出した』と話しており、警察および関係機関が詳しい状況を調べています。なお、この事案については安全確保の観点から、現在、当児童は専門機関の管理下に置かれています」
耳を疑うようなニュースだ。
いつの間にか、俺の左隣には莉子がいて、ニュースを聞いてか、涙をはらはらと流しながら、俺の手をぎゅっと握った。きっと、何でもかんでも自分のせいだと思っているのだろう。どうしてそう思うのだろうか? 責任を負い過ぎではないだろうか。
――もとはと言えば、俺が呼んでいるのだから。俺にすべて預ければいいものを。
「私、ここにいても、いいのかなぁ……」消え入りそうな声が聞こえて、反射的に言い返す。「いいに決まってるだろ!」言葉に出してから、慌てて口を押さえた。ここは病室だ。隣のベッドに人がいるかもしれない。本当に変人だと思われてしまう。
困ったことに、近くを通った看護師に聞かれていたようだ。
「あ、及川さん起きましたー?」
穴があったら入りたい。
か細い声で返事をすると、どんな状態なのかを一通り説明された。俺は失明したようだ。視力は戻らないと言われた。まあそんなものか、と意外にすんなりと受け入れられた。夢の中で何度も怪我のシーンを反芻したからかもしれない。あれで避けるほうが難しかった。話を聞いて、莉子は隣でずっと号泣していた。そのせいでかえって落ち着けたのもある。
「どうして目を怪我したか、当時の状況など覚えていますか?」
「あー……」
返答にものすごく困った。怪異と戦って、などと言ったら、間違いなく精神科の閉鎖病棟に放り込まれてしまうだろう。
「あのとき、テストを受けていて。突然クラス全員が、いや、他のクラスもですけど、意識を失ったんです。なぜか僕だけが起きていて。びっくりして慌てて走り回って校内の状況を確認しているときに、ロッカーから飛び出していたラケットに気づかずぶつかってしまい……」
前半は本当のことだ。だが、嘘を言った後半よりよほど信じ難い内容だろう。看護師は怪訝そうな顔をしていたが、とりあえずメモだけ取って引き上げていった。
相変わらず莉子はずっと泣いている。
「泣くなよ……」
「颯介のせいだよ。真の別れをやってくれないから、私のせいでどんどんあちらの世界からやって来てる。私の力じゃどうしようもない。だから颯介を消耗させてしまっている。どうしたらいいの? 私から消えることはできない。私にどうしろって言うの……?」
「ごめん……」
「謝るんじゃなくて解決してよ! 理系でしょ?」
「そこに理系は関係ないだろ……」
俺は、莉子を手放さなければならないのか……?
その可能性が過ぎって、極度の不安に陥る。嫌だ。せっかく戻って来てくれたじゃあないか。先に逝かないで。俺を一人にしないでくれ……。
でも、このままでは俺はずっと莉子を苦しめ続けることになる。私のせい、私のせいってどんどん何もかもを抱え込んでしまって、毎日泣かせてしまう。俺は本当にそれを望んでいるのか?
シーソーのように、自分のための感情と莉子のための気持ちが次々と入れ替わって、まったく決着がつかない。その真ん中にまっすぐに立ち上っている理想があまりに高すぎて、手が届かない。
俺はただ、莉子と毎日笑い合いたいだけなのに。それすらも、叶えられないというのか。
迷いで胸が張り裂けそうだ。どうしたらいいのだろう。
ふと、左に目を向けて、心臓が飛び跳ねる。莉子の姿が消えかかっているのだ。
「莉子? 莉子!」
「…………」
声がうまく聞き取れない。何を言っているんだ? お願いだから、その美しい姿を俺に見せてくれ。その低くて耳馴染みのいい声を俺に聞かせてくれ。どうして、どうして……?
――もう、お別れだというのか?
だが、焦りも束の間、すぐに莉子は形を取り戻した。安堵からか、それとも体調がやはりよくないのか、俺は意識を保っていられず、左目の画面いっぱいに莉子のかわいらしい顔を映して、眠りについたのだった。



