熱のせいで、変な夢を見ていた。自分が小人になってノートの上を走ったり、逆に自分だけ元の姿で周りの人だけ小人になっているのを眺めていたり。白い円盤が視界の中にずっとあって、それが人の顔にバチリとはまると仮面のようになる。そんな、何を意味しているのか見当もつかないような夢の中にずっといたのだ。
遠くから、切実な声が聞こえてきて、それで俺は目を覚ましたのだが、本当に目を覚ましたのか、しばらく混乱していた。白い動物に囲まれて、息をすることさえ難しいような、明らかに自室とは異なる空気を感じ取ったからだ。
「颯介? いるの?」
くぐもった莉子の声が聞こえて、ああ、俺はまた瞬間移動したのだな、と合点がいく。眠っていたのは数時間かそこらだろうが、それくらいの睡眠で熱が下がるわけもなく。特有の怠さを抱えたまま、俺は戦うことになると直感した。
でも、そんなの平気だった。莉子と一緒にいられるのなら、俺の体なぞどうでもいい。そう思えるくらい、俺は二人の間につながれている透明な糸のようなものを大層気に入っていたし、それでいて、現状を変えることに最大限の怯えを抱いていた。
「莉子? 大丈夫か?」
「ごめんなさい! また呼んじゃったんだね……」
「そんなことより、怪我とかしていないか?」
白い生き物は、どうやら鳩のようだ。道端を歩いているグレーの汚らしいそれとは違い、なんだか見惚れてしまいそうな程の、白。
その大群をかき分けて、声のするほうへと進んでいく。体の節のあちらこちらが軋むが、そんなことは気にしない。
「莉子!」
「ごめん……」
顔にかかる鳩を退けて、莉子は泣きながら笑っていた。その笑みは、この世のものとは思えないほどに美しかった。だが、同時に、この世のすべての悲しみを集めたような、そんな笑みだった。この世界には僕と莉子の二人しかいないのではないか、そんな幻想を抱くほど、彼女の表情は儚くも綺麗で、俺は目を逸らせなかったのだ。
俺と莉子の間を、一瞬の間に鳩たちが埋め尽くす。
「また何か呼べばいいんだよな? 何を呼ぶ?」声を張り上げ、莉子に届ける。
「やっぱり、颯介はすごいね……。鳩もつ少年、って呼びたいの。私だけじゃあ、やっぱりうまくいかなかったから、手伝ってほしい。ごめんね」
「謝んなよ。じゃあ、叫ぶぞ! せーの!」頭痛に耐えながら大声を出した。
鳩もつ少年、という呼び声が鳩たちのもふもふの体に吸収されていったような気がした。が、呼び声は届いたのか、かろうじて鳩たちの間から、像の少年がゆっくりと動き出し、右手の人差し指で天井を指した。俺は天井に何かあるのかと思って、鳩をかき分けながら上を見上げるが、特に何もない。
だが、すぐに変化が起こった。鳩が示し合わせたように、一斉に天井のほうで上がっていったのだ。これだけの鳩に埋め尽くされていたのか、と驚くほどの数が、白い羽を広げて天井へ、さらに突き抜けて空へと羽ばたいていった。
「私のせいなの」震える声で、拳を胸の前に当てて言う莉子。激しい頭痛で何も考えられない俺は、とりあえず聞き返すことしかできなかった。
「何がだよ」
「このままだと、颯介が死ぬだけじゃなくて、世界が壊れちゃう……」
世界が、壊れる――。
その言葉は、小説や映画の中でしか聞いたことのないような、自分たちの隣にあるとは到底考えられないような言葉だった。俺は熱のせいもあってか、理解が追いつかず、眉をひそめる。
「私がいると、とにかくダメなの。私は消えなくちゃいけない」
莉子は俺のことをまっすぐに見てはくれない。いつものあの瞳を向けてはくれなかった。だから、莉子の言わんとするところはわからなかったが、代わりに俺がまっすぐな思いを伝えることにしたのだ。
「俺は、たとえ世界が壊れても、莉子にそばにいてほしい。だから、お前が困ったときは助ける。俺がどうなろうと、傷つこうが死のうが、莉子を守る。身を挺して守るってやつを実践する。莉子はそれを黙って受け入れていればいい。だから、頼むから、自分の身の安全を優先してくれ……」
彼女は俺のほうを向いていない。その整った横顔に、ツーと新しい涙の筋ができたのを最後に、俺の視界はぐらりと大きく歪んで、次の瞬間にはまた自室のベッドに戻っていたのだった。
遠くから、切実な声が聞こえてきて、それで俺は目を覚ましたのだが、本当に目を覚ましたのか、しばらく混乱していた。白い動物に囲まれて、息をすることさえ難しいような、明らかに自室とは異なる空気を感じ取ったからだ。
「颯介? いるの?」
くぐもった莉子の声が聞こえて、ああ、俺はまた瞬間移動したのだな、と合点がいく。眠っていたのは数時間かそこらだろうが、それくらいの睡眠で熱が下がるわけもなく。特有の怠さを抱えたまま、俺は戦うことになると直感した。
でも、そんなの平気だった。莉子と一緒にいられるのなら、俺の体なぞどうでもいい。そう思えるくらい、俺は二人の間につながれている透明な糸のようなものを大層気に入っていたし、それでいて、現状を変えることに最大限の怯えを抱いていた。
「莉子? 大丈夫か?」
「ごめんなさい! また呼んじゃったんだね……」
「そんなことより、怪我とかしていないか?」
白い生き物は、どうやら鳩のようだ。道端を歩いているグレーの汚らしいそれとは違い、なんだか見惚れてしまいそうな程の、白。
その大群をかき分けて、声のするほうへと進んでいく。体の節のあちらこちらが軋むが、そんなことは気にしない。
「莉子!」
「ごめん……」
顔にかかる鳩を退けて、莉子は泣きながら笑っていた。その笑みは、この世のものとは思えないほどに美しかった。だが、同時に、この世のすべての悲しみを集めたような、そんな笑みだった。この世界には僕と莉子の二人しかいないのではないか、そんな幻想を抱くほど、彼女の表情は儚くも綺麗で、俺は目を逸らせなかったのだ。
俺と莉子の間を、一瞬の間に鳩たちが埋め尽くす。
「また何か呼べばいいんだよな? 何を呼ぶ?」声を張り上げ、莉子に届ける。
「やっぱり、颯介はすごいね……。鳩もつ少年、って呼びたいの。私だけじゃあ、やっぱりうまくいかなかったから、手伝ってほしい。ごめんね」
「謝んなよ。じゃあ、叫ぶぞ! せーの!」頭痛に耐えながら大声を出した。
鳩もつ少年、という呼び声が鳩たちのもふもふの体に吸収されていったような気がした。が、呼び声は届いたのか、かろうじて鳩たちの間から、像の少年がゆっくりと動き出し、右手の人差し指で天井を指した。俺は天井に何かあるのかと思って、鳩をかき分けながら上を見上げるが、特に何もない。
だが、すぐに変化が起こった。鳩が示し合わせたように、一斉に天井のほうで上がっていったのだ。これだけの鳩に埋め尽くされていたのか、と驚くほどの数が、白い羽を広げて天井へ、さらに突き抜けて空へと羽ばたいていった。
「私のせいなの」震える声で、拳を胸の前に当てて言う莉子。激しい頭痛で何も考えられない俺は、とりあえず聞き返すことしかできなかった。
「何がだよ」
「このままだと、颯介が死ぬだけじゃなくて、世界が壊れちゃう……」
世界が、壊れる――。
その言葉は、小説や映画の中でしか聞いたことのないような、自分たちの隣にあるとは到底考えられないような言葉だった。俺は熱のせいもあってか、理解が追いつかず、眉をひそめる。
「私がいると、とにかくダメなの。私は消えなくちゃいけない」
莉子は俺のことをまっすぐに見てはくれない。いつものあの瞳を向けてはくれなかった。だから、莉子の言わんとするところはわからなかったが、代わりに俺がまっすぐな思いを伝えることにしたのだ。
「俺は、たとえ世界が壊れても、莉子にそばにいてほしい。だから、お前が困ったときは助ける。俺がどうなろうと、傷つこうが死のうが、莉子を守る。身を挺して守るってやつを実践する。莉子はそれを黙って受け入れていればいい。だから、頼むから、自分の身の安全を優先してくれ……」
彼女は俺のほうを向いていない。その整った横顔に、ツーと新しい涙の筋ができたのを最後に、俺の視界はぐらりと大きく歪んで、次の瞬間にはまた自室のベッドに戻っていたのだった。



