莉子は静かに教室の角っこに佇んでいた。俺は変わり映えのしない窓の外をなんとなく眺めていたから、前の席から回ってきた紙にまったく気がつかなかった。ふと、机に目線を戻すと、それは丁寧にこちら向きに置かれていて、存在を主張していた。俺があまりにもぼけーっとしていたものだから、隣の女子がくすくす笑っている。
わざとらしく肩をすくめてから、その紙を持ち上げて中身を読み始めた。それは――進路希望調査だった。
「再来週の月曜日提出だってよ。全然聞いてなかったけど、大丈夫?」笑いながら隣の子が教えてくれる。恥ずかしくなりながら、さんきゅ、と返す。
進路なんて正直どうでもいい。最近までそう思っていた。
でも、莉子がテストで本気を出せって言うから、少し考えてみようかな、なんて思っている。少なくとも、文理選択はちゃんと考える予定だ。もちろん、理系以外の選択はあり得ないのだが、うちの高校にはもうひとつの選択肢がある。
一高は、一組から三組までが文系、四組から六組までが理系、七組が理数科、というクラス分けがなされているのだ。理数科は、二、三年でクラス替えがなく、筑波の研究施設に訪問する機会があり、地学巡見などのフィールドワークも用意されているなど、理系の生徒の中でも意識の高い人間が集まるクラスである。
俺は正直、少し迷っていた。理数科にしたい気持ちはあるのだが、俺なんかが行って大丈夫なのかが不安なのだ。
もう決まっていて揺らがないところをとりあえず先に埋めていく。志望校はとりあえず東北大にしておこう。これはまたもう少し先に考えればいいや。理学部数学科。とにかく数学をやりたい。文理選択は理系、理科の選択は物理と化学、社会の選択は地理。
結局、「理数科を希望しますか?」の質問だけは未記入のまま、一度ファイルに片づけた。
その日の放課後、いつものように開運橋の近くの川沿いで、莉子と話す。
「理数科、行かないの?」
「迷ってんだよ。まだ決めてねえ」
「なんで? 数学好きなんでしょ? 理数科がぴったりじゃん」
「まあそうなんだけど……」
莉子は意味がわからないとでも言うように、眉をひそめる。それはお前からしてみれば、即決しないのは気に食わないかもしれないが……という感じである。俺としては、真面目に考えるようになっただけ偉いのだ。
「あーあ、いいなぁ……。私ももし生きてたら、文系行って大学行って、宮沢賢治について研究しながら花のキャンパスライフを送れたのになぁ」
普段はそんなことを言わないのに、今日はなぜかしんみりとしている。何も言ってやれなくて、黙って川の流れを見つめるしかなかった。情けない。
川のせせらぎが、いつもよりうるさく聞こえた。だんだんと雲が集まってきて、暗くなってきている。
「俺、理数科にするわ」
「そっか」
「うん」
途端に覚悟が決まった気がするのは、なぜだろうか。莉子が現実を生きられない分、俺が頑張ろうと思ったのかもしれない。
莉子の表情が暗いままだったのが気になって、俺はそのあと不自然にずっと明るく振る舞った。
わざとらしく肩をすくめてから、その紙を持ち上げて中身を読み始めた。それは――進路希望調査だった。
「再来週の月曜日提出だってよ。全然聞いてなかったけど、大丈夫?」笑いながら隣の子が教えてくれる。恥ずかしくなりながら、さんきゅ、と返す。
進路なんて正直どうでもいい。最近までそう思っていた。
でも、莉子がテストで本気を出せって言うから、少し考えてみようかな、なんて思っている。少なくとも、文理選択はちゃんと考える予定だ。もちろん、理系以外の選択はあり得ないのだが、うちの高校にはもうひとつの選択肢がある。
一高は、一組から三組までが文系、四組から六組までが理系、七組が理数科、というクラス分けがなされているのだ。理数科は、二、三年でクラス替えがなく、筑波の研究施設に訪問する機会があり、地学巡見などのフィールドワークも用意されているなど、理系の生徒の中でも意識の高い人間が集まるクラスである。
俺は正直、少し迷っていた。理数科にしたい気持ちはあるのだが、俺なんかが行って大丈夫なのかが不安なのだ。
もう決まっていて揺らがないところをとりあえず先に埋めていく。志望校はとりあえず東北大にしておこう。これはまたもう少し先に考えればいいや。理学部数学科。とにかく数学をやりたい。文理選択は理系、理科の選択は物理と化学、社会の選択は地理。
結局、「理数科を希望しますか?」の質問だけは未記入のまま、一度ファイルに片づけた。
その日の放課後、いつものように開運橋の近くの川沿いで、莉子と話す。
「理数科、行かないの?」
「迷ってんだよ。まだ決めてねえ」
「なんで? 数学好きなんでしょ? 理数科がぴったりじゃん」
「まあそうなんだけど……」
莉子は意味がわからないとでも言うように、眉をひそめる。それはお前からしてみれば、即決しないのは気に食わないかもしれないが……という感じである。俺としては、真面目に考えるようになっただけ偉いのだ。
「あーあ、いいなぁ……。私ももし生きてたら、文系行って大学行って、宮沢賢治について研究しながら花のキャンパスライフを送れたのになぁ」
普段はそんなことを言わないのに、今日はなぜかしんみりとしている。何も言ってやれなくて、黙って川の流れを見つめるしかなかった。情けない。
川のせせらぎが、いつもよりうるさく聞こえた。だんだんと雲が集まってきて、暗くなってきている。
「俺、理数科にするわ」
「そっか」
「うん」
途端に覚悟が決まった気がするのは、なぜだろうか。莉子が現実を生きられない分、俺が頑張ろうと思ったのかもしれない。
莉子の表情が暗いままだったのが気になって、俺はそのあと不自然にずっと明るく振る舞った。



