橙子さんの娯楽飯

「私が行くんですか?」
「まぁ、出張も勉強だと思ってさ。一人暮らしだし、行きやすいでしょ?」
「……。」
園田橙子(そのだとうこ)は、そう上司から言い放たれた。
「人権が無さすぎる……。」
自席に戻ると後輩が、橙子の顔をのぞいた。
「出張、先輩になっちゃったんですか?」
「そうなんだよね……。展示会スタッフかぁ。メーカーへの挨拶もあるし……。」
今回の出張は、遠方の展示会に出展する商材の展示会スタッフ要員だった。橙子の会社から一人。他の営業所から数人。そして、商品のメーカー担当が揃い、展示会スタッフとして、客に商品の宣伝をして、説明をする、と言う内容だ。
「まぁ、そうですよね。商品説明、先輩が一番上手いんですもん。」
「逆に練習のために君が行くっていう手もあるよ?」
「いや〜……。」
苦笑いをする後輩。
「そうだよね〜。はぁ……。まぁ、お土産は買ってくるね。」
「やった!先輩、大好き!」
「私のいない間、頑張ってよ?」
「はーい!」
(帰ったら出張の準備しなきゃ……。)
橙子はため息をついた。

出張当日。
「……朝ごはん、新幹線の中で食べよ。」
新幹線に乗る前にコンビニに入る。
「……。」
コンビニの中を一旦ぐるりと回った。
(パンよりはご飯がいいな。おにぎり……何にしよう?)
梅、おかか、ツナマヨネーズ、鮭などが綺麗に並んでいる。
「お。」
橙子は目を輝かせて、おにぎりを手に取った。
「これか。」
乗る予定だった新幹線が来る。橙子は迷いなく自分の指定席に座った。新幹線のテーブルを開き、お茶を乗せる。
「んふふ。」
橙子は嬉しそうにコンビニ袋からおにぎりを取り出した。並んだおにぎりは二つ。
「辛子明太子、好きなんだよね。」
海苔に映えるパッケージの赤色が食欲をそそる。橙子は辛子明太子の旨辛な味を想像してゴクリ、と唾を飲んだ。
「あ、でもこっちからの方がいいかな?」
手に取ったおにぎりは『梅じそ』。いかにも健康志向です、と言うように栄養素を大きく書かれたそれを橙子はペリペリと開けた。
「こっちから食べたほうが健康的な気がする!」
そう言って、梅じそのおにぎりを頬張る橙子。もちろん、意味はそんなにない。
——梅じその程よいしょっぱさが、ジワッと口の中で広がる。梅の味が今日一日の活力になるのを橙子は感じた。
「ん〜!」
一口食べると、逆にお腹が減っているのを感じる。橙子は梅じそのおにぎりを一気に頬張り、お茶を飲んだ。
「くぅ〜っ!」
まるでお酒を飲んでいるようなリアクションの橙子。その様子に通路を挟んで座っていた男性が橙子の机を覗き込んでいた。お茶だと分かり、男性はもう一度背もたれに体を預ける。
「次は、辛子明太子……。」
橙子は丁寧におにぎりのパッケージを開ける。開いた三角を逆さに向け、おにぎりの端につけ直す。こうすると直接おにぎりを持たずに済むので、手が汚れないのだ。これは後輩が教えてくれた。橙子は辛子明太子のおにぎりをぱくりと一口食べた。
「辛子明太子のおにぎりは味付けのりだよね〜。」
ペタペタと唇がひっつく感触でさえ、美味しさの一部だ。
「旨み……。美味しすぎる……。」
橙子は辛子明太子の味につぶやいた。最後の一口まで辛子明太子がなくならないように少しずつ角度を変えながら食べる。少し行儀が悪いかと考えたが、一人だし、まぁいいか、と思った。最後の一口まで食べて、もう一度お茶を飲む。
「もう食べ終わっちゃった……。でも、もう一つ買ってたら、スーツやばかったかも……?」
久しぶりに着る出張用のスーツは、少しキツくなっているような気がした。
「まぁ、今日動くし……ね?」
摂取カロリーと消費カロリーをぼんやり計算しながら、橙子は伸びをした。
「朝、早かったし、少し寝るか。」
目を閉じる。おにぎりを二つ食べた満足感で、橙子はすぐに眠りについた。