「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 僕は悩んでいた。
 
「碧のお弁当、毎日美味しい」

 弁当を作ってくれるようになってから、二週間になる。
 一応、毎日お金は払っているけど。
 
「せめて何か、お礼をしないと」

 思い付く物は、ある。
 僕は頭を抱えた。

(でも、あの趣味は僕のイメージに合わないから、封印したのに)

 優しい王子様は、自分でお菓子なんか作らない。
 けれど、ふと思った。

「碧には、バレたっていいか」

 もう散々、普段は見せない顔を見せている。
 今更、一つくらい増えたって、どうってことないだろう。

「碧はイメージと違うとか、言わなそうだし……」

 それでも違うと思われたら、少しショックかもしれないけど。

「……いや。いやいや、別にショックじゃない。むしろ、そのほうがいいじゃないか」

 イメージと違えば、恋人ごっこも終わるかもしれない。
 最初から、碧が諦めるの待ちだったじゃないか。
 僕は当初の目的を思い出した。

「そうだ、そうだ。それでいいんだ。だから、作ってもいいよね」

 本棚の端に追いやったお菓子作りの本を取り出す。

「何にしようかなぁ。クッキーより、フィナンシェかな」

 ワクワクしながら、僕は本のページを捲った。

 次の日の昼休み。
 僕は碧より早く空き教室に行って、待っていた。
 何でだろう。
 ちょっとドキドキしている僕がいる。

 ガチャリ、と鍵が開いて、碧が入ってきた。

「あれ、絢音いたんだ。早いね」
「うん……」

 碧が鞄から弁当を二個出した。

「今日は、肉団子」
「美味しそう」

 弁当を受け取りながら、反射で応えていた。
 はっと我に返って、僕は鞄に手を伸ばした。

「あ、あのさ」
「ん?」

 自分の分の弁当の蓋を開けて、碧が振り返った。

「甘いもの、好き?」
「甘い……お菓子? 普通に大好き」
「大好き?」
「俺、甘党だから」

 弁当を食べながら、碧が淡々と話す。
 それはもう、何でもないことのように。

(そんなデカい体して、怖い顔して、甘いものが好き)

 正直、碧のイメージじゃない。
 それを隠さずに平然と話せる碧が、凄いと思った。

「碧ってさ、自分のイメージって考えたこと、ないの?」

 碧が首を捻って考え込んだ。

「ない、かな。他人にどう思われても、別に」
「他人が思っている自分と、本当の自分が違ったら、どうする?」

 碧の場合、かなり違っているんじゃないだろうか。
 女子の話を聞く限り、クールなイケメンだと思われているのに。
 実際は、ちょっとサイコなマイペースだ。
 俺から言わせれば、だけど。

「別に」

 碧が肉団子を頬張りながら答えた。

「別にって……困らないの?」
「誰が? 何に?」

 逆に問い掛けられて、何も言えなくなった。

(困るのは……誰? 僕は、僕が困る)

 本当に困るのだろうか。
 周囲のイメージに合わせて、安心して。
 結局、僕が窮屈になっているだけじゃないのか。

 言葉を失う僕の前で、碧が僕の弁当を広げる。
 肉団子を箸で摘まむと、僕の口元に持ってきた。

「絢音、口開けて」
「……え? あーん」

 ぱくりと肉団子を頬張る。
 甘じょっぱいタレと肉の旨味が口いっぱいに広がる。

「今日の肉団子も、美味しい」
「もっと食べさせる?」
「それはいい。自分で食べる」

 弁当を自分のほうに寄せて、僕は食べ始めた。

(あれ? 何の話、していたっけ……あ、イメージの話だ)

 つけ添えのブロッコリーは、マヨネーズをかけて焼いてある。
 この前、美味しいって絶賛したら、弁当に入る頻度が増えた。

(僕が、好きだから)

 キュン、と胸が締まった。

「もう、いいや」

 僕は息を吐いた。
 悩んでいる自分が馬鹿みたいに思えてきた。

「何が?」
「これ、あげる」

 鞄の中から、ラッピングしたフィナンシェを取り出した。
 碧の手に、ぎゅっと押し付けた。

「え? これ……」
「碧みたいにご飯は作れないけど。お菓子作るの、好きなんだ」
「絢音の、手作り?」
「久し振りに作ったし、美味しいか、わかんないけどね」

 顔を逸らして、僕は弁当にがっつく振りをした。
 恥ずかしくて、碧の顔が見られない。

(何だよ、何か言えよ)

 嬉しいじゃなくても、好きじゃないでも、何でもいいから喋ってほしい。

「あ……ありがと」

 碧の小さな声が聞こえた。
 普段は聞かないような弱々しい声だ。

(迷惑だったのかな)

「いらないなら、持って帰る……」

 顔を上げたら、碧の顔が目に飛び込んだ。
 その表情に、僕は絶句した。
 碧が、顔を真っ赤にして、大事そうにフィナンシェを抱えていた。
 大きな体で、小さなフィナンシェを、大事そうに。

「手作りって、こんなに嬉しいんだ」

 碧の口角が、少しだけ上がった。

(もしかして、今、笑った……?)

 その口角は、またすぐ元に戻ってしまった。

「大事に、食べる。持って帰る」
「ここで食べれば?」
「噛み締めたい」
「なんだ、それ」

 そんな会話を交わしながら、僕は安心していた。
 碧の反応は、僕のイメージとか、そんなのすっ飛ばしていて。
 ただ純粋に、僕が作ったお菓子を喜んでくれていたから。

(イメージなんて、碧にはどうでもいいんだ)

 それが何より、嬉しかった。