次の日の昼休み。
僕は弁当を持たずに空き教室で待っていた。
「来ない……」
いつもなら僕より先に来ているのに。
今日に限って、いない。
僕はスマホを眺めた。
「昼休み、終わっちゃう」
お腹もすいたし、購買に行こうか。
「そういえば、番号もアドレスも交換してなかった」
僕は最初からその気がなかったけど。
碧は、気付かなかったんだろうか。
「その程度、なのかもな」
通り魔みたいなキスをして、しつこく付きまとってきたけど。
もう飽きたのかもしれない。
(そういう人は、今までにもいたから)
だから、何とも思わない。
離れたなら、忘れるだけだ。
(ちょっとだけ、気が楽だったのにな)
碧の前では、求められる自分を演じなくていい。
それが最近は、楽に思えていた。
頭の中から、この一週間を消去する。
「購買、行こ」
僕は席を立った。
——ガタ、ガタガタン
教室の扉が激しく動いた。
ビクリと肩を震わせる。
開いた扉から、碧が入ってきた。
「遅くなって、ごめん」
ガツガツと僕に歩み寄ると、ずいと弁当を差し出した。
「ありがとう……ていうか、何かあったの?」
表情は変わらないけど、いつもと何かが違う。
「ない、何もない」
そう話す碧の上半身が、フラフラしている。
よく見ると、顔が赤い気もする。
「碧、ちょっと」
僕は弁当を机に置くと、碧に手を伸ばした。
額に触れると、かなり熱い。
「発熱してるじゃないか。学校、来ちゃダメだろ」
「午前中は、休んだ。弁当、渡したから、帰る」
僕に背を向けて教室を出て行こうとする。
僕は、碧の腕を引いた。
「一人で帰れるわけないだろ。保健室に行こう」
「来れたから、帰れる」
ふらつく碧の頭が、扉にぶつかった。
ゴン、と大きな音が鳴った。
「来るのも、本当は無理だったんだよ。とにかく一緒に保健室だ」
碧の腕を肩にかけて、体を引っ張る。
教室を出て、僕らは保健室に向かった。
「絢音、弁当、食べる時間、なくなる」
「気にしなくていいから!」
足の上がらない碧を引っ張って歩く。
体が怠いのか、碧も僕にもたれている。
(こんなに体調が悪いのに、弁当のためだけに学校に来るなんて)
あんなもの、無視すれば良かっただろうに。
「……馬鹿だな、本当に」
購買に行こうとした時より、僕の足取りは軽かった。
保健室に着くと、先生がいなかった。
昼休憩の時間らしい。
「とりあえず、ベッドに寝たほうがいい」
碧をベッドに寝かせて、布団をかける。
戸棚から見付けた体温計を、額に当てた。
ピピっと音がして、39.0℃と表示された。
「え! 熱、高すぎ」
「ん、何度?」
「39.0℃」
碧が息を吐いた。
「昨日の夜、薄着で、買い物行った、せい、かも」
碧がぽつぽつと話す。
「昨日の夜? なんで……って、まさか、僕の弁当のため?」
「鳥の照り焼き、作りたかった」
「馬鹿じゃないのか!」
思わず、叫んでいた。
昨日は夕方から降り続いた雨のせいで、急に冷え込んだ。
どれだけ薄着だったかわからないけど、コートがあってもいいくらいの気温だったのに。
「僕は、そういうつもりでお願いしたんじゃない。無理するなら、もう弁当はいらない」
もっと軽く考えていた。
碧も軽いノリなんだと思っていた。
「この熱は、僕のせいじゃないか」
僕のために動いて、僕のために頑張って。
そういうのは、重い。
だから、嫌なんだ。
(嫌なのに、どうして僕は、少し嬉しくなっているんだろう)
碧の努力が全部、僕に向いているのだと思うと。
迷惑なのに、嬉しくて。
重いのに、嫌じゃない。
「絢音のせいじゃない。俺が……コートを着なかったせい」
「うん、それはそう」
涙が滲みそうになっていた目から、水分が引いた。
「絢音が喜ぶ顔、見てみたかった」
「なんで、そこまで」
「昨日、卵焼きを食べてる絢音、可愛かった、から」
「は? 可愛い?」
それは男に対してする評価じゃない。
まして、僕向きじゃない。
「好きな照り焼き、食べたら、どんな顔するんだろうって」
碧の顔が、緩んだ。
「楽しみだった」
弱々しい声なのに、嬉しそうで。
それがかえって、胸に刺さった。
「……碧、ちょっと、待っていて」
「絢音……?」
僕は、空き教室に走った。
自分の調子が悪いのに弁当を作って。
弁当を届けるためだけに、学校まで来て。
それだけで帰るとか。
(どう考えても馬鹿だ。なのに)
僕は今、碧の弁当を食べたい。
空き教室の扉を開ける。
荷物と弁当を持つと、教室に鍵をかける。
(碧が、起きてるうちに)
急いで保健室に戻った。
「碧!」
碧のベッドの隣に、椅子を持っていく。
そこに座って、碧がくれた弁当を開いた。
「絢音、ここ、飲食ダメ」
「内緒だよ」
普段なら、こういうタブーは絶対に侵さない。
先生にも生徒にも、品行方正で優等生な王子様なんだから。
弁当の蓋を開けると、大きな鳥の照り焼きが入っていた。
ほうれん草のお浸しと、卵焼きも入っている。
「めっちゃ贅沢なお弁当だ……いただきます」
僕は照り焼きに被りついた。
甘じょっぱいだれが絡みついた鶏肉は柔らかくて、噛むごとに香ばしい。
冷めているからこその味だ。
「ヤバ……美味い」
次に卵焼きにパクついた。
「昨日と味が違う」
「今日は、鶏がらベース」
「これもめちゃ美味い」
本当に美味しくて、あっという間に完食した。
「感動するくらい、美味しかった」
碧が、僕の顔をじっと見ていた。
「また、初めての顔が見られた」
碧の口角が上がった。
ドキッと、心臓が跳ねた。
(今、もしかして、笑った……?)
「作って、良かった」
そう言いながら、碧が目を閉じた。
すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
口角は、いつの間にか下がっていた。
僕は碧の寝顔をまじまじと見詰めた。
(気のせい、だったのかな)
だとしたら、惜しかった。
もう少しで笑った顔を見られたのに。
僕は椅子に掛け直して、寝入る碧を眺めていた。
僕は弁当を持たずに空き教室で待っていた。
「来ない……」
いつもなら僕より先に来ているのに。
今日に限って、いない。
僕はスマホを眺めた。
「昼休み、終わっちゃう」
お腹もすいたし、購買に行こうか。
「そういえば、番号もアドレスも交換してなかった」
僕は最初からその気がなかったけど。
碧は、気付かなかったんだろうか。
「その程度、なのかもな」
通り魔みたいなキスをして、しつこく付きまとってきたけど。
もう飽きたのかもしれない。
(そういう人は、今までにもいたから)
だから、何とも思わない。
離れたなら、忘れるだけだ。
(ちょっとだけ、気が楽だったのにな)
碧の前では、求められる自分を演じなくていい。
それが最近は、楽に思えていた。
頭の中から、この一週間を消去する。
「購買、行こ」
僕は席を立った。
——ガタ、ガタガタン
教室の扉が激しく動いた。
ビクリと肩を震わせる。
開いた扉から、碧が入ってきた。
「遅くなって、ごめん」
ガツガツと僕に歩み寄ると、ずいと弁当を差し出した。
「ありがとう……ていうか、何かあったの?」
表情は変わらないけど、いつもと何かが違う。
「ない、何もない」
そう話す碧の上半身が、フラフラしている。
よく見ると、顔が赤い気もする。
「碧、ちょっと」
僕は弁当を机に置くと、碧に手を伸ばした。
額に触れると、かなり熱い。
「発熱してるじゃないか。学校、来ちゃダメだろ」
「午前中は、休んだ。弁当、渡したから、帰る」
僕に背を向けて教室を出て行こうとする。
僕は、碧の腕を引いた。
「一人で帰れるわけないだろ。保健室に行こう」
「来れたから、帰れる」
ふらつく碧の頭が、扉にぶつかった。
ゴン、と大きな音が鳴った。
「来るのも、本当は無理だったんだよ。とにかく一緒に保健室だ」
碧の腕を肩にかけて、体を引っ張る。
教室を出て、僕らは保健室に向かった。
「絢音、弁当、食べる時間、なくなる」
「気にしなくていいから!」
足の上がらない碧を引っ張って歩く。
体が怠いのか、碧も僕にもたれている。
(こんなに体調が悪いのに、弁当のためだけに学校に来るなんて)
あんなもの、無視すれば良かっただろうに。
「……馬鹿だな、本当に」
購買に行こうとした時より、僕の足取りは軽かった。
保健室に着くと、先生がいなかった。
昼休憩の時間らしい。
「とりあえず、ベッドに寝たほうがいい」
碧をベッドに寝かせて、布団をかける。
戸棚から見付けた体温計を、額に当てた。
ピピっと音がして、39.0℃と表示された。
「え! 熱、高すぎ」
「ん、何度?」
「39.0℃」
碧が息を吐いた。
「昨日の夜、薄着で、買い物行った、せい、かも」
碧がぽつぽつと話す。
「昨日の夜? なんで……って、まさか、僕の弁当のため?」
「鳥の照り焼き、作りたかった」
「馬鹿じゃないのか!」
思わず、叫んでいた。
昨日は夕方から降り続いた雨のせいで、急に冷え込んだ。
どれだけ薄着だったかわからないけど、コートがあってもいいくらいの気温だったのに。
「僕は、そういうつもりでお願いしたんじゃない。無理するなら、もう弁当はいらない」
もっと軽く考えていた。
碧も軽いノリなんだと思っていた。
「この熱は、僕のせいじゃないか」
僕のために動いて、僕のために頑張って。
そういうのは、重い。
だから、嫌なんだ。
(嫌なのに、どうして僕は、少し嬉しくなっているんだろう)
碧の努力が全部、僕に向いているのだと思うと。
迷惑なのに、嬉しくて。
重いのに、嫌じゃない。
「絢音のせいじゃない。俺が……コートを着なかったせい」
「うん、それはそう」
涙が滲みそうになっていた目から、水分が引いた。
「絢音が喜ぶ顔、見てみたかった」
「なんで、そこまで」
「昨日、卵焼きを食べてる絢音、可愛かった、から」
「は? 可愛い?」
それは男に対してする評価じゃない。
まして、僕向きじゃない。
「好きな照り焼き、食べたら、どんな顔するんだろうって」
碧の顔が、緩んだ。
「楽しみだった」
弱々しい声なのに、嬉しそうで。
それがかえって、胸に刺さった。
「……碧、ちょっと、待っていて」
「絢音……?」
僕は、空き教室に走った。
自分の調子が悪いのに弁当を作って。
弁当を届けるためだけに、学校まで来て。
それだけで帰るとか。
(どう考えても馬鹿だ。なのに)
僕は今、碧の弁当を食べたい。
空き教室の扉を開ける。
荷物と弁当を持つと、教室に鍵をかける。
(碧が、起きてるうちに)
急いで保健室に戻った。
「碧!」
碧のベッドの隣に、椅子を持っていく。
そこに座って、碧がくれた弁当を開いた。
「絢音、ここ、飲食ダメ」
「内緒だよ」
普段なら、こういうタブーは絶対に侵さない。
先生にも生徒にも、品行方正で優等生な王子様なんだから。
弁当の蓋を開けると、大きな鳥の照り焼きが入っていた。
ほうれん草のお浸しと、卵焼きも入っている。
「めっちゃ贅沢なお弁当だ……いただきます」
僕は照り焼きに被りついた。
甘じょっぱいだれが絡みついた鶏肉は柔らかくて、噛むごとに香ばしい。
冷めているからこその味だ。
「ヤバ……美味い」
次に卵焼きにパクついた。
「昨日と味が違う」
「今日は、鶏がらベース」
「これもめちゃ美味い」
本当に美味しくて、あっという間に完食した。
「感動するくらい、美味しかった」
碧が、僕の顔をじっと見ていた。
「また、初めての顔が見られた」
碧の口角が上がった。
ドキッと、心臓が跳ねた。
(今、もしかして、笑った……?)
「作って、良かった」
そう言いながら、碧が目を閉じた。
すぅすぅと寝息が聞こえてきた。
口角は、いつの間にか下がっていた。
僕は碧の寝顔をまじまじと見詰めた。
(気のせい、だったのかな)
だとしたら、惜しかった。
もう少しで笑った顔を見られたのに。
僕は椅子に掛け直して、寝入る碧を眺めていた。



