「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 期待される自分。
 皆が求めている自分。
 そういうものを感じ取って、演じ続ける。
 周囲の皆は喜んでくれる。
 自分も、安心する。

 だけど、少し疲れる。
 時々、逃げ出したくなる。

「絢音の唐揚げ、欲しい」

 いつもの僕なら、笑顔で唐揚げを差し出すだろう。

「やだ。碧が卵焼きくれるなら、交換してもいい」

 こんな言い方、絶対にしない。

「あげる。交換しよう」

 碧が僕の弁当に卵焼きを載せた。
 代わりに唐揚げを持っていった。

(実はいつも気になってた。碧の卵焼き)

 毎日、お弁当に入っている厚焼き卵がとても美味しそうで。
 ここで弁当を食べるようになってから、ずっと気になっていた。

(一週間目にして、ゲット)

 僕はワクワクして卵焼きにパクついた。

「……ん! 美味しい!」

 和風だしが効いた厚焼き玉子だ。
 プルプルだ。
 僕は感動した。

「良かった」

 碧が照れたような顔をした。

「碧のお母さん、料理上手なんだな」
「弁当は、俺が作ってる」
「へ?」
「母さん、仕事で朝早いから。弁当は自分で作る」

 僕は目を見開いた。

「じゃ、じゃぁ、この出汁のきいた美味しい卵焼きも、碧が?」
「粉末のかつお出汁、使ってるだけ」
「それだけで、こんなに美味しく……? 碧、料理上手いんだな」

 碧が黙り込んだ。
 何かマズいことを言っただろうか。

「弁当のこと、触れないほうが良かった? 何か、ごめん」

 碧がフルフルと首を振った。
 振り過ぎて頭が飛んでいくんじゃないかと思った。

「……ありがとう」

 とてもとても小さな声だった。
 部屋が二人きりで静かじゃなかったら、聞き逃していたかもしれない。
 
「うん……」

 碧の耳が赤い。
 それを見たら、何も言えなくなった。
 厚焼き玉子を一口、食べる。

「美味しい」

 思わず零れた。

「絢音の分も弁当、作ろうか?」
「え! それは悪いよ」
「一個も二個も、変わらないから」
「そう、なの?」

 料理なんか普段しないから、よくわからない。
 碧の目が、いつもより開いている気がする。

(うん、と言えって圧を感じる)

 別に、意固地になってまで断るものでもない。

「じゃぁ……お願いするよ」
「明日から、作ってくる」

 碧がスマホを取り出した。

「好きな食べ物、教えて」
「好きな……えっと、卵焼き、唐揚げ、鶏肉の照り焼き、ハンバーグとか」
「肉、好き?」
「好きだよ」
「野菜は?」
「トマトが苦手。それ以外は食べられる」
「わかった」

 碧が凄い速さでメモをとっている。

「明日、持ってくる」
「うん、わかった」

 素気なく返事をしたけれど。
 碧の卵焼きを食べながら、ちょっと明日が楽しみになっていた。