「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 昼休み、僕はこっそり旧校舎の空き教室に向かった。
 途中、何人かの女子に声を掛けられそうになったので、隠れた。

(もし、昨日の帰りのこと聞かれたら、誤魔化せる自信がない)

 今日一日、誰にもその話をされていないから、噂になっていないんだろう。
 そう思いたい。
 念のため人を避けて迂回しながら旧校舎に入った。

「……あ」

 鍵を開けて中に入ったら、既に碧がいた。
 弁当を食べながら、本を読んでいた。

(良く考えたら、いるよな)

 ここは碧の部室なんだから。
 一人になれる空間って訳じゃない。

(それでも、教室よりマシだ)

 僕は碧の向かいに座った。

「ここで、お弁当食べて良い?」
「ん、いいよ」

 碧が本を閉じて、弁当を食べ始めた。
 その視線が、ずっと僕に向いている。

「あんまり見られると、食べづらいよ」
「顔、見ていたい」

 そういえば、顔が好きと言っていた。

「だからって、食べてる時まで」
「食べてる時の顔も、いい」

 碧がもそもそと弁当を食べる。

「初めて、見るから」

 ちょっと照れくさそうに、弁当に目を落とした。
 一緒に弁当を食べるのは初めてだから、当然だけど。

(見たことあるとか言われたら、どうしようかと思った)

 既にかなりストーカー気味なのに。
 これ以上何か出てきたら、怖い。

「二人でいると、初めての絢音をいっぱい知れる……嬉しい」

 碧が卵焼きをもぐもぐしながら、顔を緩めた。

(嬉しい時の顔、なのかな)

 微笑む直前の、緩んだ表情。
 何となくいつも、嬉しそうだ。

「……そうなんだ」

 僕は、碧の全部が初めてだ。
 まだ、どんな奴かもよくわからない。

(ただの危ない奴かと思ってたけど)

 女子の追跡から守ってくれたり。
 この空き教室の鍵を貸してくれたり。

(親切なところもある。それは認める)

 突然キスしたり、強引に手を繋ぐところは、いただけないけど。
 僕は弁当を食べながら、こっそりと碧を覗き見た。

 切れ長の目と、通った鼻筋。
 面長な輪郭は男らしいのに、線が細く見える。
 寡黙なイケメンって感じだ。

(顔は良いのにな)

 僕からしたら、残念なイケメンだ。

「碧はいつも、ここで一人でお昼食べてるの?」

 碧がこくりと頷いた。

「教室にいると、話しかけられるから」
「嫌なの?」
「話すのが、得意じゃない」
「あー、なるほど」

 僕との会話が微妙に噛み合わない理由がわかった。

「あと、興味がない」

 さらりと流れた碧の言葉が、僕には引っ掛かった。
 そういう理由でスルーできるのは、強い。
 僕にはない強さだと思う。

「いいな」

 ちょっと碧が羨ましかった。

「何が?」
「何でもない。それより、今日も一緒に帰る?」
「帰る」

 碧が当然のように頷く。

「だったら、待ち合わせ場所、決めよう」

 教室や正門は、あまりにも人目に付く。
 
「待ち合わせ場所か」
「裏門、どう?」

 裏門は、ほとんど人がいない。
 駅までは遠回りになるけど、この際仕方がない。

「わかった。裏門で待ってる」

 碧の口角が上がりかけた。
 ドキリとして、その顔をじっと見詰める。

「二人だけの秘密の待ち合わせだ」

 そういった碧の声は嬉しそうだった。
 僕の胸が、ツキンと痛んだ。
 僕は、人目に付かない場所を指定しただけ。
 そういうつもりで言ってない。

「……うん」

 今更、否定するのも面倒だ。
 だから、素直に頷いた。
 秘密は、秘密なわけだし。
 間違ってはいないから。

 僕は、碧の顔を眺めた。
 嬉しそうだけど、やっぱり笑ってない。

(表情、あんまり変わんないけど。少し違う)

 さっきより嬉しそうに弁当を食べる碧を横目に見る。
 何をしたら碧は笑うのか、昨日より気になっていた。