「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 碧と恋人ごっこを始めた、次の日の放課後。
 僕は鞄を持って速攻で教室を飛び出した。
 
(昨日は捕まったけど、今日は逃げ切る)

 昨日は昼休みに話をしたので、あれで終わりだと油断していた。
 放課後、しっかり待ち伏せされて、一緒に帰る羽目になった。

(恋人ってことは周囲に内緒にしてるのに)

 クラス外の女子まで、僕らが一緒に帰る姿を見て盛り上がっていた。
 僕も碧も、お互いに違う意味で目立つ。
 しかも、今まで接点がなかった二人だ。
 色々な憶測が飛び交う。

(一緒に帰るのはナシって話は、聞いてなかったっぽいし)

 別れ際に「また明日」と言って、碧は帰った。
 人の話を聞かない癖は、どうにかして欲しい。

「でも今日は、逃げ切れそう……」

 校門まで歩いたところで、僕は崩れ落ちた。

「絢音、早かったね」

 校門の前で、碧がしっかり待ち伏せていた。

「何でいるんだよ」
「待ってた」
「何でだよ」
「一緒に帰るから」

 相変わらず噛み合わない会話の応酬だ。

「見て、朝比奈くんと夜久くん」
「昨日も一緒に帰ってたよね。仲良いのかな」
「そう言うイメージなかった。意外」
「でも目の保養になる」

 女子の噂話が断片的に耳に入った。

「私も混ぜて欲しい」
「声、かけてみる?」

 恐ろしい言葉が聞こえてきた。

(マズい。声を掛けられる前に、逃げないと)

 碧の腕を掴もうとしたら、手を握られた。

「帰ろう、絢音」

 碧が、僕の手を握って歩き出した。

「きゃぁ! 手を握ってる」
「ウソ、どういう関係?」

 女子の声が痛くて怖い。
 僕は握られた手を引っ張って、早足で歩いた。

「とにかく早く、この場を離れよう」
「絢音がそうしたいなら、そうする」

 僕は、生徒たちの視線と噂から逃げるように帰路に就いた。
 走るように歩いて、学校から離れる。
 わざと遠回りして、川沿いの公園を歩いていた。

「……手、離してよ」

 僕は、握られた手を持ち上げた。

「どうして?」

 碧が不思議そうに首を傾げる。

「どうしてって……繋いでる意味、ないだろ」

 これ以上、こんな所を誰かに見られでもしたら、噂になる。
 学校であれだけ見られたから、もうなっているかもしれない。

「俺は、繋いでいたいけど」

 碧が僕を見詰める。
 その目が、照れているように見えた。

「え……何で?」

 逆に聞いてしまった。

「わからないけど。絢音の手を握っていると、嬉しい」
「嬉しい?」

 僕は、碧の手を眺めた。
 全く離してくれる気配がない碧の手は、僕にとっては千切れない鎖みたいだ。

(別に、そこまで嫌って訳じゃないけど。誰かに見られたら)

 ソワソワしながら、僕は周囲を確認した。
 うちの学校の生徒は、いなそうだ。

「絢音は、見られるのが、嫌?」
「見られて、噂になるのが、嫌だ」
「じゃぁ、見られない場所ならいい?」
「そんな場所、あるわけないだろ。どこにうちの学校の生徒がいるかも、わからないのに」

 碧が考える顔をした。
 首を傾げていた碧が、僕の手を握り直した。

「俺は、見られてもいい。だから、公園でもいいけど」
「僕は嫌だってば……え!」

 握った手を引いて、碧が歩き出した。

「学校でも、たくさんの女の子に囲まれてるの、本当は嫌?」
「……え?」

 突然の質問に、咄嗟に言葉が出なかった。
 別に、嫌なわけじゃない。
 仲の良い友達が多いのは良いことだ。
 だけど、時々、疲れる。
 常に誰かに監視されているようで、気を遣う。

「別に、嫌じゃ、ないけど」

 本当の気持ちは、誰にも言えない。
 碧が誰かに話さないとは限らない。
 悪い噂が流れたら、学校は途端に居心地の悪い場所になる。

「これ、絢音にあげる」

 碧が鍵を手渡した。
 
「どこの鍵?」
「昨日、逃げ込んだ旧校舎の空き教室」
「あぁ、あの部屋」

 僕は手の中の鍵を眺めた。

「いいの? ていうか、何で?」
「読書同好会」
「へ?」
「俺しか入ってない。あの教室、同好会の部室」
「そうなんだ。だから鍵を持ってるのか」
「隠れたくなったら、あの教室、使えばいい」

 トクン、と鼓動が走った。
 トクトクと、少しずつ鼓動が早くなる。

(違う、これは……思った以上に碧が親切だから、驚いて)

 僕は鍵をぎゅっと握り締めた。

「僕が、鍵を持っていたら、碧はどうするの?」
「大丈夫、まだある」

 もう一つの鍵を、碧が見せた。

「学期末に職員室に戻さないといけないから、失くさないで」
「うん……わかった」

 僕の顔を眺めていた碧の表情が、緩んだ。

(昨日と同じ顔)

 もう少しで笑いそうなのに、笑わない。
 でも、緊張してない顔だ。

「帰ろうか」

 碧が僕の手を握った。
 この状態で歩いたら、誰かに見付かるかもしれないのに。

「……駅が近くなったら、離して」
「わかった」

 珍しく、会話が噛み合った。
 碧が僕の手を握って歩き出す。
 その温もりを感じるのは、あまり嫌ではなかった。