「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 昼休み、僕は鞄を持って旧校舎に走った。
 空き教室の前で、息を整える。
 深呼吸して、鍵を開けた。

「絢音」

 中には、碧がいた。

(碧がいる。ちゃんと、いる)

 大事な場所に来られた。
 来たら、碧がいた。
 それだけで、嬉しい気持ちが込み上げる。

 僕は、中に入って鞄を置いた。
 椅子に座る碧の前に立った。

「碧、ごめんね」

 碧が、目を逸らした。
 その表情は、今まで見たことがないほど戸惑っていた。

「絢音が……」
「え?」
「絢音が、俺じゃなくて春宮が良いなら、別れたほうが良いんだと、思った」
「……は? どうして? 春宮から話、聞いたんじゃないの?」

 春宮は確かにそう話していた。
 あれも嘘だったんだろうか。

「聞いた。けど、絢音の気持ちはまだ、聞いてない」
「それは、そうだけど」

 僕の気持ちなんて、決まってる。
 そんなの、言うまでもない。

「だから今朝までメッセも、しなかった。絢音が、俺じゃ嫌なら、俺は……」
「待って。どうして、そういう話になるの?」

 碧はそんなタイプじゃないだろ。
 僕の気持ちなんか考えず、突然キスしてきたじゃないか。
 今の碧の姿に、呆気にとられた。

「前は気にならなかった。けど、絢音を好きになったから」
「好きになったのに、離れるの?」
「幸せに、なって、欲しいから」

 胸の奥から、気持ちが湧き上がってくる。
 これって、どういう感情だろう。
 嬉しい?
 悲しい?
 悔しい?

(どれも違う。ただ、もどかしい)

 僕のことを考えているのに、僕の気持ちを知ろうとしない。
 そんな碧が、もどかしいんだ。

「碧!」

 僕は碧の肩に手をかけた。

「え?」

 ネクタイを掴み上げて、上向きかけた唇に、キスをした。
 驚いて離れそうになる体を、ネクタイを引っ張って引き寄せた。

「んっ……」

 ちょっとだけ声を漏らした。
 そんな碧に満足して、僕は唇を離した。

「キスしたから、僕の」

 碧が、ポカンと僕を見上げる。

「キスしたから、碧は僕の恋人だ!」

 宣言したら、興奮して涙が込み上げた。

「だって僕は、もうとっくに碧が好きだよ。こんなに好きにさせてから、他の人のところに行けなんて、言うなよ」

 気持ちが昂って、涙が止まらない。

「絢音、ごめん」

 碧が僕の手を引いた。
 体が傾いて、碧の膝の上に倒れた。

「あ、碧……これは、ちょっと」

 碧の膝の上に座り込んでいる。
 この姿勢は、ちょっと恥ずかしい。

「好きだよ、絢音。絢音じゃなきゃ、ダメだ」
「うん……」

 膝に座った僕を、碧が強く抱きしめた。

「僕だって、碧じゃなきゃダメだよ」
「絢音……」

 碧の指が、僕の唇に触れる。
 その指に小さくキスを返す。
 唇をなぞった指が退いて、唇が重なる。

(碧となら、何回キスしても、足りない)

 唇を食み合って、舌を絡めて。
 その度に、ジワリと胸が淡く締まる。
 
(もっとずっと触れていたい)

 離れたくなくて、何度も吸い付く。

「ぁ……」

 自然と離れた唇が、もどかしい。
 名残惜しくて、視線が外せない。
 すぐに碧が抱きしめてくれたから、胸が満たされた。

「今日のお弁当、何?」
「アスパラの肉巻きフライ」
「僕の、好きなヤツ」

 僕は微笑んだ。

「お菓子は?」
「なんで、作ってると思うの?」
「こういう時の絢音は、お菓子を作るから」

 大正解だ。
 昨日は碧のためにお菓子を作っていた。

「特大パウンドケーキ。マーブルチョコの」
「俺が大好きなヤツ」

 僕は碧と顔を合わせた。

「ご飯、食べようか」

 僕らはいつものように弁当を広げて、お菓子を出して、食事を始めた。
 離れていた一週間を取り戻すみたいに。
 いっぱい話して、いっぱい笑って。
 
 これからも、恋人でいるって決めた。