「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 次の日、僕は勇気を出して学校に行った。
 碧に鍵を返す。
 それが今日の目標だ。

 だったのだけれど。
 教室に入ったら、驚く事態が起きていた。

「日高くんがバイって、本当?」
「本当だよ。俺の好きには性別、関係ないみたいだ」
「でもでも、女子でもいいんだよね」
「男子も女子も、好きになる可能性、あるよ」

 光飛の好きという言葉に、女子が湧いている。

「でも、ごめん。俺、好きな人がいるんだ」
「えぇ! 誰々?」
「それは内緒だよ」
「それって、ショックな子多いよ、きっと」
「日高くんて、モテるじゃん」
「モテないよ。皆が勘違いしてるだけ」
「そういうところが、余裕って感じで格好良い!」

 光飛が女子に囲まれて、セクシャリティについて話している。
 僕は教室の入口から、その光景をぼんやり眺めた。

「邪魔、どいてよ」
「あ、ごめん」

 後ろから声が掛かって、振り返った。
 ビクリと体が震えた。
 後ろに春宮が立っていた。

「そんなにビビる?」
「だって……」

 できれば二度と見たくない顔だ。
 だけど、それどころではない。

(動画は消したはずなのに、何でこんな事態に)

「ちょっと、来て」

 僕は春宮を引っ張って屋上に行った。

「もう僕に用事ないでしょ。動画なら、消したよ」

 春宮が怠そうにそっぽを向いた。

「じゃぁ、何で光飛があんな話してるの?」

 動画が出回っていないなら、自分からする話じゃない。

「あんな話?」
「光飛がバイだって話」
「あぁ、それ」

 春宮が面倒そうに息を吐いた。

「僕が例の動画で絢音を脅していたって、夜久くんと日高にバレちゃったんだよ」
「碧と光飛に?」

 そういえば、光飛は心当たりがありそうな話し振りだった。

「でも、だからってあんな話、何で……」
「僕の動画の意味をなくすためって、自分から暴露したんだよ。その後、夜久くんと二人で迫られて……」

 春宮が悔しそうに顔を顰めた。

『屋上で絢音と二人で話していたときか、旧校舎の裏で三人で話してた時。お前の今までの手段からして、動画だろ。夜久は流れても気にしないし、これでその動画、意味ないな』

 それでも僕が映っているから、動画は消せと迫られたらしい。

「動画を消さなないなら、今までの僕の素行を全部、証拠付きで教育指導にチクるって逆に脅されたんだよ。日高って、いい度胸してるよね」

 春宮が舌打ちした。
 光飛も春宮には言われたくないだろう。
 あの時の光飛は、交渉材料を本当に持っていたんだ。

「夜久くんにもまたフラれるし、散々だよ」
「は? また碧に告白したの?」
「してないよ。してないのにフラれたの」

 何故か、春宮に睨まれた。

『お前みたいなやり方は嫌いだ。だけど俺のせいなら、ごめん。春宮とは、天変地異が起きても付き合えない』

 碧は春宮に、そう言ったそうだ。

「結局、夜久くんの前で絢音にしたこと全部、暴露させられるし。それで、二人の前で動画消去させられたの」

 春宮が不貞腐れている。
 僕は感心するばかりだった。

「絢音にも近付くなって言われてるから。二人でいるとこ見られたら、僕が叱られるんだけど」
「そんなことが、あったんだ」

 僕は愕然とした。

(結局、光飛と碧に、解決してもらったんだ)

 僕が関わったことだったのに。
 有難いと思う反面、申し訳ない。
 僕は、ただ泣き寝入りしただけで、何もできなかった。
 そんな自分が情けない。

(せめて、僕なりのけじめをつけないと)

「……気分は、晴れた?」

 僕は春宮に問い掛けた。

「は? 何それ」
「碧にわからせてやりたかったんでしょ。僕は、サヨナラって言ったよ。春宮がやりたかったことは、できたでしょ」
「結果的にボコボコにされたの、僕だよ。晴れるわけないじゃん。最悪だよ」
 
 春宮が面白くなさそうに吐き捨てた。

「そうだよね。僕もだよ」

 僕は、拳を振りかぶった。
 春宮の頬をぶん殴った。
 ガツッと鈍い音が屋上に響いた。

「……へ?」
「これで、あいこにしてあげる。僕はもう春宮を責めない。その代わり、二度と僕らに関わるな」

 呆然とする春宮を置いて、僕は屋上を後にした。

 教室に戻ると、光飛が手を振っていた。

「大丈夫か?」
「うん、大丈夫。春宮に話、聞いたよ。ありがとう」
「二人でいなくなったから、心配してたけど」

 遅れて教室に戻ってきた春宮を眺める。
 光飛がちょっと驚いた顔をして、小さく吹き出した。
 
「大丈夫だったみたいだな」
「僕だって、負けてばっかりいたくない」
「その意気で、夜久と仲直りしたら?」

 僕は、シュンと俯いた。

「それはまた、別の話で」
「一番、大事だろ」

 光飛が僕を真っ直ぐ見詰める。
 その真剣な目に、力をもらった。

「そうだね。ちゃんと、話してみる」
「頑張れ。フラれたら、俺と付き合おう」

 光飛が耳元でこそっと囁いた。
 ぶわっと顔が熱くなる。
 光飛が、悪戯に笑んだ。
 何とも言えなくて、僕は前に向き直った。
 
 教科書を出していたら、鞄の中でスマホが鳴った。

『待ってる』

 碧からのメッセだった。
 目に涙が浮かびそうになる。

(なんで、今……)

 僕は今日、鍵を返そうと思って来たのに。
 でもまだ、碧がどんな気持ちでこのメッセを打ったかまでは、わからない。

(ちゃんと話をしよう)

 そう心に決めて、僕は授業の準備をした。
 胸の奥が騒がしくて、集中できる気がしない。