「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 今日は朝から春宮に屋上に連れてこられた。
 
「今日の昼休みは旧校舎に行くよ」
「え……? 碧に会っていいの?」
「会うのは、ダメ。僕と手を繋いで歩いている所を、見てもらうの」

 春宮が得意げに笑う。

「なんで、そんなこと、するの?」
「恋人の浮気現場を見せ付けるんだよ」
「浮気なんて」

 してないけど、そんなの春宮はどうでもいい。
 碧が誤解すれば、それでいい。
 そんなの、わかってる。

(そんな姿、見られたくない)

 じくりと、胸が軋んだ。
 
「教室から見える場所なら、中庭だよね。僕と一緒にいるだけでいいからさ」

 頷きたくない。
 だけど。

「今更、嫌とか言わないよね」

 春宮が僕の顔を覗き込んだ。
 
(碧に、見られる)

 春宮と一緒のところを見られる。
 この一週間、春宮とは毎日一緒に帰ってる。
 どこかで見られているかもしれない。
 
(そうだよ、今更。ちょっと一緒にいるところ、見られるくらい)

 そう思うのに、頷けない。

「動画、バラ撒かれたいの?」

 耳元で、春宮が囁いた。
 僕はフルフルと首を振った。

「じゃ、昼休みは一緒に旧校舎ね」
「……わかった」

 僕は頷いて、春宮に続いて屋上を出た。

 授業には全然集中できなかった。
 ただ、昼休みが近付いてくるのが嫌でたまらなかった。

 そんな風に思っても、時間は流れる。
 恐怖の昼休み。
 僕は春宮にしっかり手を握られて、廊下を歩いていた。

「見てみて、春宮くんと朝比奈くん。また手を繋いでる!」
「あの二人、最近一緒にいるの、よく見るよね?」
「いつから、あんなに仲いいの?」
「わかんないけど、可愛い~」

 女子たちの声が痛い。

「ちょっと手を繋ぐだけで噂されちゃうなんて、さすが王子様だねぇ」
「目立っているのは、春宮だよ」
「僕は元々、可愛いから。当然だよ」

 春宮が得意げに鼻を鳴らした。
 旧校舎までは、距離がある。
 その間、色んな人に見られた。

(あれ、今……)

 廊下の人影に隠れたのが、光飛に見えた。
 
(気のせい、かな)

 チラチラと様子を伺いながら、僕は春宮に引っ張られて歩いた。

「さてと、ここからが本番」

 新校舎と旧校舎の間の中庭を、僕らは手を繋いで歩いていた。

「本番って……ここまで手を繋いでくる必要、あったの?」
「あるに決まってるよ。恋人が自分以外の男と手を繋いで歩いてたって噂で聞いたら、嫌な気持ちになるでしょ?」
「なるね」

 春宮の思考回路に感服する。
 きっと、こういう脅迫や嫌がらせが初めてじゃないんだろう。
 そう思わせる慣れがある。

「はい、手を繋いで」

 春宮が手を差し出した。
 僕はその手を握った。

「ふふ、自分から僕の手を握っちゃうくらいには、従順になったね。朝比奈くん……絢音、可愛い」

 下の名前を呼んで、春宮が僕の頭を撫でた。

「僕の名前も読んで」
「……悠莉」
「それでいいよ」

 満足そうにしながら、春宮が歩き出した。
 周囲をきょろきょろしながら歩く。

「この辺りかなぁ」
「何が?」
「夜久くんがいる部屋から、さりげなく見える場所」

 ぞくっと寒気がした。
 春宮と仲良くしているなんて誤解、碧にされたくない。
 そう思ったら、手を離しそうになった。
 その手を、春宮が強く握った。

「離しちゃダメだよ。わかってるよね?」
「……うん」

 僕は春宮の手を握り返した。

「ちょうどいいや。ここにしよう」

 中庭の真ん中あたりに、木が植わっている。
 そこで春宮が立ち止まった。

「木を背にして立ってみて。もたれるみたいに」
「こう?」

 言われた通り、背中で木にもたれかかる。
 顔の両側に手を付いて、春宮が僕に壁ドンした。

「え? 何しているの?」
「キスしよっか」

 春宮が顔を近付ける。

「なんで? そこまでしなくていいよね」

 逃げようとするも、足を挟みこまれて、動けない。

「だって、これくらいしないと、夜久くん慌てないと思うんだよね」
「そんな……もう充分、色々してる!」

 碧はきっと傷付いている。
 返信しないのに毎日送られてくるメッセだって、辛そうだ。

(なのに、いつも好きだよって送ってくれる)

 ここで春宮とキスなんかしたら。
 碧はもう、好きなんて言ってくれないかもしれない。

「やだ……いやだ!」

 春宮の胸を押し返す。
 僕の腕を掴んで、春宮が顔を近付けた。

「うるさいな。絢音は、僕に逆らえるの?」
「だ、だけど」
「僕がやれって言ったら、絢音はやるしかないんだよ」

 ぱくりと耳を食まれた。
 寒気が走って、鳥肌が立った。

「ひっ……」
「ふふ、可愛い」
 
 春宮が僕の頬にキスをした。

(やだ、やだやだやだ!)

 身を縮こめて、唇を噛んだ。

「抵抗してる? いいのかなぁ……」

 ガラガラと、遠くで窓が開く音がした。

「……へ?」

 窓の縁を踏みつけて、碧が身を乗り出していた。

「絢音!」

 普段の碧からは想像もできないくらい大きな声だ。

「あ、見付かった」

 春宮が僕の手を引いて走り出した。

「春宮……!」
「悠莉だよ。ちゃんと名前呼んで」
「悠莉、なんで逃げるの? 見せ付けたかったんでしょ」
「もう充分でしょ。夜久くんは怒ってるから目的は達したよ」

 絢音が窓から飛び降りた。

「待って、そこ二階!」

 壁伝いに降りながら器用に着地する。
 碧が逃げる僕らを追ってきた。

「ちょっと、本気?」

 さすがに慌てた春宮が、僕の手を引いて新校舎に入った。

(二階から飛び降りるなんて)

 走れるくらいだから、怪我はしてないだろう。
 それだけは安心した。

(こんな風に逃げたら、本当に浮気しているみたいだ)

 そんなんじゃないのに。
 じわりと涙が滲んだ。

 校舎の中を適当に走っているうちに、碧の姿は見えなくなっていた。
 僕たちは、家庭科準備室に身を潜めていた。

「開いてて良かったぁ。ラッキーだね」

 全然、ラッキーじゃない。
 いっそ、捕まれば良かった。

「静かになったし、そろそろ戻ろっか」

 春宮が立ち上がった瞬間、家庭科準備室の扉が開いた。
 立っていたのは、光飛だ。
 春宮が僕を引っ張って物陰に隠れた。

「尾行でもしてたのかな。嫌な奴」

 春宮が小さな声で零した。

「春宮、ちょっと話したいんだけど」

 準備室に響き渡る声で光飛が叫んだ。

「何をネタに絢音を脅してんのか、知らないけど。こっちもネタがあるから取引しないか」

 春宮の表情が、すんと尖った。

「その気がないなら、俺はこのまま生徒指導の澤先生のトコに行く。それでいいな」

 春宮は動かない。
 静寂が流れた。

「じゃ、そういうことで」
「ちょっと待ちなよ!」

 春宮が立ち上がった。
 扉を開けかけた光飛が手を止めた。

「聞くだけ、聞いてやろうじゃん」

 上から目線で顎を上げる春宮は、ちょっと震えていた。
 僕は動けないまま、その場に蹲っていた。