「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 春宮の指示に従い始めてから五日が経った。
 碧とはまったく会えていない。
 昨日の一件で、僕は光飛を避けるようになった。

 今は、完全に一人だ。

 僕は春宮と一緒に公園にいた。
 春宮から新しい指示が出た。

「メッセは既読無視して。ちゃんと内容を確認してから、無視してね」
「わかった」

 もう逆らう気力はなかった。
 だから、言われた通りにする。
 碧のメッセを読めるのに、返せない。
 僕の精神が確実に削がれていく。

「朝比奈くん、目の下のクマ、濃くなったねぇ。辛い?」
「辛いよ。こんなの、あんまりだよ」

 気を抜くと涙が出そうになる。
 僕は、強く奥歯を噛んだ。

「でもでもぉ、指示通りにしないと、どうなるんだっけ?」
「動画、バラ撒かれる」
「それは嫌だよね?」

 僕は頷いた。

「じゃ、頑張れるよね」

 僕は同じように頷いた。

「クク、ふふふ。いい気味。自分の知らない所で、好きになった男がこんなに弱っちゃってんの。あとから知ったら、どう思うかなぁ」
「……え?」

 今の状態を知られるのは嫌だ。

「碧には、言わないでよ。内緒なんでしょ?」
「それについては、ちゃんと考えているから、大丈夫だよ」

 春宮が僕の頭を撫でた。
 その手つきがねっとりとして、気持ち悪い。

「考えてるって、何? これ以上、何かする気?」
「だからぁ、今じゃないって」
「後から、何する気だよ!」

 これ以上、碧を傷付けられたくない。
 春宮の腕を強く引いた。
 上体が傾いて、春宮がよろけた。

「……っと。何してんだよ」

 春宮が僕を睨む。
 伸びてきた手が、僕の胸倉を掴み上げた。

「いい? 今の朝比奈くんはぁ、雑魚以下なの。僕の命令通りにしか動けない無能なお人形なの。自覚しろよ」

 掴み上げた手で、突き飛ばされた。
 その場に尻もちをついた僕を、春宮が笑った。

「あーぁ、王子様が汚れちゃったぁ。可哀想だね」

 春宮の手が僕の腕を掴む。
 引っ張り上げられて、仕方なく僕は立ち上がった。

「じゃ、帰ろっか。約束の一週間まで、あと二日だよ。あー、楽しみ」

 心底楽しそうに、春宮が笑った。
 春宮が僕の手を握る。
 その手を振り解けないまま、歩き出した。


 家に帰ったら、早速スマホが鳴った。

『絢音、まだ忙しい?』

 碧からのメッセだ。
 僕は春宮に言われた通り、内容を読んで返信しなかった。

『俺のこと、嫌になった?』

 その言葉に、ドキッとした。
 胸が、冷えていく。

(嫌になんか、なってない)

 返事をしたいのに、できない。

(このまま返事をしないで、碧が離れていったら、どうしよう)

 不安でたまらなくて、僕はスマホを胸に抱いた。
 またスマホが鳴った。
 悪い予感しかしない。
 スマホを見るのが、怖い。
 僕は震える手で、何とか画面を開いた。

『好きだよ、絢音』

 胸の奥に想いが込み上げた。
 膨らんだ想いが溢れて、目から流れ落ちた。
 涙が止まらなくて、画面が良く見えない。
 だけど確かに、欲しい言葉が書かれている。

「碧……」

 好きの文字を指でなぞった。
 少しでも、碧に触れたい。
 近くに行きたい。

「会いたいよ、碧」

 スマホを強く握る。
 
(何とかする方法、ないのかな。春宮の言いなりになる以外に、解決する方法、ないのかな)

 考えても何も思い付かなくて。
 碧がくれた気持ちを抱きしめて、泣くことしかできなかった。