「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 その日の夜、僕は碧にメッセした。

『昼休み、委員会の仕事が入ったから、旧校舎に行けない。ごめん』
『お弁当だけでも取りに来る?』
『行けない、ごめん』

 しばらく間があって、碧から返信がきた。

『絢音、また何かあった?』

 この何かは、親の都合でも委員会でもない。
 箕輪や光飛みたいな何かがあったのか、という意味だ。
 
(相談したい。碧……会いたい)

 本音を胸の奥に押し込める。
 
『何もないよ。忙しいのが重なってるだけ、ごめんね』
『俺には、話せない?』

 碧のメッセに、目が釘付けになった。
 かなりの高確率で、事件を予感している。
 僕は慌てながら返信の言葉を考えた。

『本当に何もないよ。もう寝るね、おやすみ』

 強制的に会話を切って、スマホを放り投げた。
 布団に頭まで包まって全部をシャットアウトする。
 遠くでバイブのなる音がしても、もうスマホに触れなかった。

 それから三日間、碧には一度も会わなかった。
 隣のクラスだから偶然会わないように、教室から出る時も注意した。
 碧が何回か教室に来たみたいだった。
 その度に、春宮にベランダに連れて行かれて、隠れた。

「朝比奈、ちょっと」

 僕に声を掛けてきたのは、光飛だった。
 思わず、教室の中を見回す。

「春宮ならいないよ。今しかない」
「えっ!」

 光飛が僕の腕を掴んで、教室から連れ出した。
 屋上に出ると、入口の裏側に回った。
 比較的、見付かりづらい場所だ。
 
「次の授業、サボるつもりでいろよ」

 そう言いながら、光飛は僕の腕を掴んだ。

「サボるほど、大事な話?」
「それは自分がよくわかってるんじゃないか?」

 光飛の真っ直ぐな視線が刺さる。
 僕は目を逸らした。

「春宮に、何されてる?」

 ドクン、と心臓が下がる。
 
「な、んで……春宮なの?」

 言葉がぎこちなくなった。

「やっぱり、そうか」

 光飛が大きく息を吐いた。

「最近、挙動不審だし、急に春宮といるようになったし」

 ぐっと、僕は息を飲んだ。
 その辺りは同じクラスだと誤魔化しようがない。

「夜久がさ、俺に相談に来たよ」
「え……碧が?」

 驚きすぎて、口がポカンと開いた。

「絢音の様子が変だけど、何か知らないかって。俺もビックリしたけどさ。それだけ本気で心配してるんだよ」

 碧が自分から誰かに相談するなんて。
 しかも、恋敵と言って過言でない光飛に聞くなんて。
 普段なら、あり得ない。

 光飛の言葉が沁みる。
 潤みそうになる目を必死に耐えた。

(いっぱい心配、かけちゃってるんだ)

 だからといって、事情は話せない。
 僕は唇を噛んだ。
 悔しいし、歯痒いし、情けない。

「春宮は質が悪いんで一年の時から有名だったんだよ。脅しや虐めみたいなこともするって噂もあったし。そういうの、されてるんじゃないか?」

 僕は無言で首を横に振った。
 何か言葉を発したら、助けてと言ってしまいそうだったから。

「まさかだけど、脅されてたりする?」

 ビクリと肩が震えた。
 でも、やっぱり僕は首を振った。

「マジか……本当にやるのか、アイツ」
「違う……! そんなこと、言ってない!」
「丸わかりだよ、絢音」

 まるで脅されているのが確定のような光飛の反応に、焦る。

「全身で怯えてる。何かされてるのは、見ればわかる」

 付き合いが長い光飛だから、些細な変化で気付かれる。
 僕の目から、ポロポロと涙が流れた。

「だって、言えないんだ。絶対、ダメなんだ」

 溜め込んでいた思いが、溢れ出そうになる。

「僕は碧と光飛が大事だよ。僕が何とかすれば、どうにかなるんだ」
「どうにかなってないだろ。自分の顔、鏡で見てるか? 目の下、クマになってる」

 触れようとした光飛の手を、僕は握った。

「何とかする。僕が、終わりにする。だからもう、僕に何も聞かないで!」

 光飛の手を振り解いて、その胸を押し返す。
 僕は駆け出した。

「ちょっと待って、絢音!」

 光飛の声を遠くに聞いて、屋上を出る。
 教室には戻らずに、走った。
 どこに行けばいいか、わからないけど、走った。