「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 次の日から、僕は春宮の言いなりに動いた。
 学校に着くなり、屋上に呼び出された。

「まずは、放課後、夜久くんと一緒に帰るの禁止。適当な理由を付けて断って」
「今日だけだよね?」
「まっさか~。毎日だよ。メッセはちゃんと返してあげてね」
「そんなの、怪しまれるよ」

 僕らは声を潜めて会話していた。

「怪しまれてもいいんだよ。でも、本当のことは話しちゃダメ」

 あまりにも無茶振りが過ぎる。
 
「大丈夫、王子様を演じてきた朝比奈くんなら余裕だって」

 気軽に肩を叩かれた。
 春宮を睨みたい気持ちになる。

(でも、逆らえない)

 動画を握られている事実が重くのしかかる。
 僕は言う通りにするしかなかった。


 昼休み。
 いつもなら楽しみな時間なのに、今日は気が重い。

「あのさ、碧」

 メンチカツを食べながら、碧が目を上げた。

「帰り、ね……一緒に、帰れないんだ」
「何かあった?」

 ドキン、と心臓が大きく跳ねた。

「うん、ちょっと……お使いっていうか、親の職場に寄らないとで」
「今日?」
「今日から、一週間くらい」

 碧が黙り込んだ。
 僕が何を言う訳にもいかず。
 この沈黙が、今は痛い。

「それなら、わかった」

 僕は、安堵の息を吐いた。
 碧の手が伸びてきて、僕の手を握った。

「一週間後、楽しみに待ってる……お使い、頑張って」

 碧が微笑んだ。
 僕の胸が、ぎゅっと締まった。

(こんな時に、笑わないでよ)

 苦しくて、僕はシャツを握った。

「ごめんね、碧」

 それしか言えなかった。

 放課後は、川沿いの公園に来るように春宮から指示があった。
 僕は碧に見付からないように注意しながら公園に向かった。

「朝比奈くーん、こっちだよ」

 春宮が笑顔で手を振る。
 まるで無害なその笑顔が、今は憎い。

「どうだった?」
「上手く誤魔化せた」
「上手く誤魔化しちゃ、ダメなんだけど」

 春宮が不機嫌そうな顔をする。

「僕はさ、夜久くんにショックを受けさせたり、朝比奈くんを疑ったりしてほしいんだよね。わかってる?」
「そんなこと、言われてないから、わからないよ」

 春宮に言われた通りのことはした。
 それをどう受け取るかは、碧次第だ。

「朝比奈くんがそんな態度とるんなら、僕も考えちゃうなぁ」
 
 春宮がスマホを弄ぶ。

「だったら、どうすればいいんだよ」
「嫌われてよ」
「……は?」
「いっそ、夜久くんに嫌われるようなこと、してよ」
「なんで……嫌だよ、そんなの」
「どうして? 朝比奈くんにとっては、好きかどうかもわからない相手なんでしょ? どうでもいいよね?」

 始まりは、好きを探すだった。
 だけど、今は。
 碧は好きと言ってくれた。
 僕だって、自分の気持ちを見付けられそうなところまで来ているのに。

(碧に嫌われるなんて、絶対に嫌だ)

 それだけは、ちゃんとわかる。

「夜久くんが、そこまで執着する朝比奈くんに嫌われたら、さすがにわかるだろうなぁ。僕の辛さ」

 ふふっと春宮が笑みを零した。
 
「とりあえず、下準備の続き」
「下準備? 続き?」
「そう。次は、昼休み一緒にお弁当を食べるの、禁止。メッセはしていいよ。精々、説得力のある言い訳、考えなよ」

 座っていたベンチから立ち上がって、春宮が振り返った。
 
「明日の放課後も、ここに集合ね」

 そう言うと、さっさと帰って行った。
 春宮の後姿を見送りながら、僕は動けなかった。

『嫌われてよ』

 あの言葉が、太い棘になって胸に刺さっている。
 このまま春宮の指示通りに続けたら、きっと嫌われる。

「だからって、どうしたら……」

 動画は春宮のスマホの中だ。
 碧にも光飛にも相談できない。
 僕が何とかしないといけない。
 だけど、胸が苦しい。

 ポロポロと情けない涙がこぼれる。
 僕はベンチに座ったまま、止まらない涙を流し続けていた。