「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 放課後、僕は春宮に手を引かれて教室を出た。

「ねぇ、ちょっと。春宮くんと朝比奈くんが手を繋いで歩いてる」

 女子が噂する声が聞こえた。
 僕は春宮に手首を掴まれているから、正確には手を繋いではいないけど。

「やーん、可愛い。可愛い系男子同士、絵になる」
「最近の朝比奈くんて、王子様より可愛い寄りだよね」
「わかる。前より尊み増した」

 全部、聞こえる声なのが悲しい。

(光飛も言ってた。素の僕は可愛い系なの?)

 自分では一切、そうは思わない。
 普通にしているだけなのに可愛いという評価は心外だ。

「やっぱり僕とキャラ被りしてる。前の王子様系に戻してよ」
「そう言われても」

 今更、取り繕う気にもなれない。
 
「春宮は可愛いって言われて、嬉しいの? 僕は嬉しくないよ」

 だったら、前の王子様のほうがマシだ。

「僕は嬉しいよ。褒めてもらえるのは、何でも嬉しい」
「ふぅん」

 良い笑顔だから、本当に嬉しいんだろう。
 そういうところは素直らしい。

 学校を出るまで、ずっと誰かに見られていた。
 僕も見られるのには慣れているけど。
 春宮は僕以上に注目を集めるタイプらしい。

「なんで王子様、やめちゃったの?」

 春宮が急に話を振ってきた。

「意識してやめたわけじゃなくて、素でいたらこうなっただけ」
「じゃぁ、前は作ってた?」
「多少は、周囲の期待に応えようって、してたよ」
「今はもういいの? 夜久くんがいるから?」
「そういうわけじゃ……」

 なくもないかもしれない。
 碧は、王子様な僕を求めていないから。
 素でいても、受け入れてくれるから。

(好きって、言ってくれたから)

 だから、僕も自然と無理しなくなった。

「碧のお陰、かな」

 言葉にするのは恥ずかしい。
 僕はちょっと俯いた。

「……ふぅん」

 春宮が低く鼻を鳴らした。

「二人はさ、付き合ってるんだよね?」
「……一応、恋人だよ」
「一応?」
「恋人だよ」

 春宮に、光飛に話したような説明は、したくないと思った。
 だからあえて、断定的な言い方をした。

(僕らはまだ恋人ごっこなのかな。碧は答えをくれた)

 答えを出せていないのは、僕だ。
 僕は碧を、どう思っているんだろう。

「本当に恋人?」

 春宮が僕を覗き込んだ。
 ドキリとして、仰け反った。

「な、なんで?」
 
 春宮の遠慮のない目が怖い。

「あんまり恋人っぽくないなぁって」
「そんなこと……」
「でも、あの夜久くんが執着してるって、珍しいもんね」
「え……?」

 まるで昔の碧を知っているような言い方だ。
 春宮がにんまりと笑んだ。

「僕ね、一年の時、夜久くんと同じクラスだったんだ」
「そうなんだ」

 碧は春宮の名前を覚えていなかった。
 春宮は驚いた風な反応だったけど。
 理由がわかった。

「告って、フラれてるんだよね」
「え!」

 思わず大きな声が出た。

「ビックリした?」
「ビックリした」

 告白までした相手を覚えていないなんて。
 今日の碧の態度はまるで初対面だった。

(そんなことって、ある? そんなに興味ない?)

 百歩譲って、クラスメイトの名前を覚えていないまではいい。
 自分に告白した相手の顔と名前を忘れるものだろうか。

(いや……忘れちゃうかもな。僕も覚えていない子、結構いる)

 告白してくれた女の子、全員を覚えているかと聞かれたら、微妙だ。
 だけど、ぼんやりと顔くらいは印象にある。

(それに、意外なのは碧より春宮だ)

「春宮は、男の人が好きなの?」
「僕はどっちも好き。バイセクシャルだよ」

 あっけらかんと、春宮が答える。
 隠す気はないらしい。

「碧のこと、好きだったんだね」
「今でも好きだよ」

 春宮が、さらりと言った。

「今、でも……?」

 ざわりと、胸の奥が嫌な音を立てる。
 鼓動が、早くなる。

「そう、今でも。だけどさ、諦めていたんだ。夜久くんって人間に興味なさそうだし」

 そういう風に見える節はある。
 だから否定できない。

「なのにさ、急に朝比奈くんに執着し出して、ずっと一緒にいるんだもん。頭でも打って別人格になったのかと思っちゃった」
「そこまで……」
「それくらい、前の夜久くんじゃ考えられなかったんだよ」

 なら、どうして碧は僕に、急にキスなんかしたんだろう。
 好きになりたいなんて、言ったんだろう。

「でも、朝比奈くんは、そこまで夜久くんを好きじゃないんだよね?」
「そういうわけじゃ、ないよ」
「でも、日高に恋人ごっこって話してたでしょ?」

 びくっと体が震えた。
 光飛とその話をしたのは、屋上で二人きりだった時だ。

「どこまで盗み聞きしてるんだよ」
「いやだなぁ、偶然だよぉ」

 春宮がケタケタと笑った。

「本当に偶然だったから、あの時は動画を撮れなかったんだよね。残念」

 スマホのデータを眺めながら、春宮が薄く笑む。

「だけど、お陰で朝比奈くんていう突破口を見付けた」
「突破口? 僕が?」

 春宮が前に出ると、僕に向き合った。

「そんなに欲しくないならさ、僕に夜久くんをちょうだい」

 両手を前に出して、春宮が小首を傾げた。

「そのために、ちょっとだけ僕に使われて」
「何言ってるんだよ。嫌に決まってる」

 春宮がスマホの録画を再生して見せ付けた。

「この動画、良く取れてるでしょ。夜久くんの告白も、日高の告白も、どっちもしっかり声が入ってる。拡散したら二人とも大変だろうね」

 鼓動がどんどん早くなる。
 怒りが込み上げて、胸の奥がじりじり痛い。

「僕に、どうしろって言うの」

 そう答えるしかなかった。

「僕はさ、ただ告白したいわけじゃないんだ。夜久くんに、わからせてやりたいの」
「わからせる?」
「大事な気持ちを踏みにじって、存在まで削除される辛さ、教えてあげたいでしょ」

 春宮の言葉が、胸に刺さった。
 痛い言葉を吐いているのに、春宮の笑みはいつも通りで。
 それが、怖かった。

「今日から一週間、僕の言う通りに動いて。それができたら、この動画は削除してあげる」

 春宮がスマホを振ってみせた。

(僕が春宮の言う通りに動いたら、碧が傷付く)

 そうわかっていても、やるしかない。
 動画が拡散されるほうが、危険だ。

「……わかった」

 僕は、小さく頷いた。
 可愛いはずの春宮の微笑が、悪魔みたいに見えた。