「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 昨日は結局、午後の授業を休んだ。
 いつも健康優良児なのに体調を崩したから、先生たちに心配された。
 家に帰ったら、親に心配されて、一日学校を休んだ。

(ただの寝不足なのに)

 お陰でゆっくり眠れたから、体はすっきりだ。

「暇だなぁ」

 午前中、寝こけた僕は、自宅のリビングでぼんやりしていた。
 両親は共働きだから、昼間は家で一人だ。

「お菓子、作ろうかな」

 昨日、助けてくれた日高と碧に、お礼がしたい。

「でも、同じって言ったら、また碧は嫌がるかな」

 パウンドケーキの余りを日高にあげたのを、碧は嫌がっていた。
 悩んだ挙句、違うものを作ることにした。

「お菓子作ってると、落ち着く」

 作っている時は、無心になれる。
 没頭できるから、楽しい。
 最近は碧にあげたくて作る機会が増えた。
 前は、気持ち的にコソコソとしていた趣味だ。
 今は、堂々と楽しいと思える。
 それが嬉しかった。

「それもやっぱり、碧のお陰かな」

 そんなことを考えながら、僕はお菓子を作った。


 次の日、学校に行ったら皆に心配された。

「朝比奈くん、大丈夫? 病気治った?」

 佐田を中心とした女子たちに囲まれた。

「大丈夫だよ。病気じゃなくて、少し疲れていただけみたいだ」
「そうなんだ。もうよくなったの?」
「うん、すっかりいいよ。心配かけて、ごめんね」

 いつものように微笑んで、返事する。
 これはもう癖だから、つい出てしまう。

「これ、朝比奈くんのために作ったの。受け取って!」

 一人の女子が、何かを差し出した。
 手作りのお菓子のようだ。

「私も、お見舞いあるの」
「私も!」

 次々に差し出されるお見舞いに、内心困った。

「ごめんね、こういうのは気持ちだけ受け取ることにしているんだ」
「プレゼントも受け取って」
「ごめん」

 一人から受け取ると、全員から受け取る羽目になる。
 それは非常に面倒だ。

「朝比奈、おはよ!」

 少し遠くから、日高が声を掛けてくれた。

「おはよ。ちょっと、ごめんね」
「えぇ、朝比奈くんは私たちと話しているのに」
「一昨日、助けてもらったんだ。お礼を言わせて」

 女子たちを振り切って、日高に駆け寄った。

「助かったよ、日高」
「どういたしまして」

 日高が得意げだ。

「一年の頃から知っている仲だしな」
「そうだね。ちょっといい?」

 僕は日高を教室の外に連れ出した。
 少し遠いけど、屋上に出た。
 朝早いと人がいないから、ちょうどいい。

「一昨日は、ありがとう。色々迷惑かけちゃったよね」
「気にすんなって。本当に具合が悪そうだったから、心配したよ」
「ただの寝不足なんだけどね」

 申し訳ない気持ちで、真相を暴露する。
 日高が、神妙な顔をした。

「本当にそれだけか? 病院には、行った?」
「親に連れて行かれたけど。特に何もなかったよ。疲労だって」
「そんなに疲れてたのか」
「いや、だから、寝不足」

 日高にまで心配そうな顔をされると、困る。

「昨日、ゆっくり寝たから、もう元気」
「なら、良かった」

 日高が微笑んだ。
 日高の笑顔は他人を安心させる。
 その場で笑っているだけで、場が明るくなる。

「それで、これ、お礼」

 僕は鞄からラッピングしたクッキーを取り出すと、日高に手渡した。

「これ、俺に?」
「前にクッキー食べたいって言ってたから、焼いたんだ」
「それは、クッキーっていうか」

 日高が言い淀んだ。

「ん? クッキー以外が良かった?」
「いや、ありがとう。嬉しいよ」

 日高がクッキーを大事そうに手で包んだ。

「朝比奈、あのさ……」
「ん?」
「保健室で寝てた時、寝てた、よな?」
「うん、寝てたけど」

 それはもうぐっすりと寝ていた。
 日高がいつの間にか碧に代わってると思うくらい、気付かなかった。

「そっか。なら、良いんだけどさ」

 日高にしては、歯切れが悪い。
 僕は首を傾げた。

「そうだ、碧に伝えてくれて、ありがとう」
「あぁ、うん」

 日高が微妙に顔を背けた。

「昼休み、夜久と飯食ってんだろ? 体育四限だったから、言っといたほうがいいかと思ってさ」
「気付いてたんだ」
「長い付き合いだから、何となく」

 一年の時から一緒の日高だ。
 そんな日高にも、碧のことは話せなかった。

(歩いていたら通り魔みたいにキスされたとは言えない)

 碧との関係は、そこから始まった。
 今でこそ、昼休みにご飯を食べて、毎日一緒に帰るだけだけど。

(今も時々、キスされてるか。一昨日だって)

 いつもと違うキスだった。
 頭の中が碧でいっぱいになりそうで、僕は慌ててフルフルと首を振った。

「どした?」
「何でもない」

 碧に関しては、話せないことが多すぎる。

「朝比奈ってさ、夜久と付き合ってんの?」
「え……えぇ!」

 日高の質問の内容にビックリしすぎて、悲鳴が二段になった。

「なんで、急に」
「一部の女子が噂してたから。キスしてたとか何とか」
「うそ……そんな噂、知らない」
「まぁ、噂って本人の耳には入りづらいんじゃないの」
「そうかもだけど」

 僕の周りに変化がないから、バレていないんだと思っていた。
 箕輪が話したのか。
 旧校舎でキスされたのを、誰かに見られたのか。

「で、付き合ってんの?」

 日高が質問を被せていた。

「付き合って……」
 
 付き合っている。
 一応、恋人ごっこはしている。
 しかし、碧との関係を説明するのは難しい。

(でも、日高なら、わかってくれるかも)

 僕は意を決して話してみた。

「恋人ごっこっていうか、それっぽい関係には、なってる」
「ごっこ?」
「碧も僕も、好きがわからないから。お互い、探してみようかって」

 始まりは、そんな感じだったと思う。
 
(今は、少し違うかもしれないけど)

 きっとお互いに、育った感情や気持ちがある。
 それらの名前は、まだわからないままだけど。

「そう、なんだ」

 日高が考えるような顔をした。
 深刻そうな顔をしているから、不安になった。

「日高? あの」
「それって、夜久じゃないとダメなの?」
「ダメっていうか、成り行きっていうか」

 一方的に奪われて、なし崩し的に今に至る。

「成り行きだったらさ」
 
 日高が僕の手を握った。

「好きを探す相手、俺じゃダメなの?」
「……え?」

 あまりにも予想だにしたかった台詞が聴こえた。
 僕の脳がフリーズした。

「朝比奈はいつも女の子に囲まれているから、女子が良いんだと思ってた。男でも可能性があるなら、俺と……」

 僕の顔を見上げた日高が、言葉を止めた。
 言葉を息と共に飲み込む。

「急に、ごめん」

 日高が目を逸らした。

「いや、あの」
「今のは、冗談だから。先に戻るな」

 日高が屋上を出て行った。

「待って、日高」

 言葉では呼び止めたけど。
 内心は、ほっとしていた。
 だって、今の僕の頭に一番に浮かんだのは、碧だったから。

(そんな状態で、何も答えられない)

 僕は自分の頬に触れた。

「僕、どんな顔していたんだろう」

 僕の顔を見て言葉を止めた日高が気になった。
 その時の日高の辛そうな表情が瞼の裏に焼き付いていた。