キスしたら、俺の

 次の日の昼休み。
 僕は教室の自分の席で一人、俯いていた。
 正直、夜久が怖くて教室から出られない。

(同クラじゃなくて、良かったけど。隣だから、いつ出くわすか)

 昨日は夜久の腹にワンパン入れて、走って逃げた。

(だって、だって……ファーストキスだったのにっ)

 王子様とか言われて女の子に囲まれている僕だけど。
 誰かと付き合ったことなんかない。
 だから、その手の経験は皆無だ。

(あんな、通り魔みたいにキスされるなんて、思わないじゃないか)

 思い出すだけで、耳が熱くなる。

「朝比奈くん、どうしたの? 顔が赤いよ?」

 クラスの女子が心配そうに声を掛けてきた。
 僕は秒で表情を作った。

「急に寒くなったからかな。大丈夫だよ」
「冬服、なったばっかだもんね。無理しないでね」
「心配してくれて、ありがとう」

 女子が顔を赤らめた。

「ねぇねぇ、朝比奈くん。今日は他にいかないの?」

 他の女子が集まってきた。
 手には弁当を持っている。

「えっと、購買に行きたいんだけど」

 夜久が怖くて、行けない。とは、言えない。

「じゃぁ、私のお弁当、もらって!」
「今日こそ、私のでしょ」
「私も、作ってきたの!」

 目の前に、次々と弁当が差し出された。

「ありがとう。でも、気持ちだけいただくね」

 僕は立ち上がった。

「皆の気持ち、嬉しいよ」

 そう言いながら手を振って、教室を出た。
 黄色い声が、廊下まで響いてくる。

(マズい、マズい。一人からもらうと大変なことになるから)

 差し出された弁当を全部食べるわけにもいかないし。
 かといって、一人を選ぶと面倒だ。
 仕方なく僕は、購買に向かった。

「絢音」

 声を掛けられて、反射的に笑顔で振り返った。

「はい……ひっ」

 思わず小さな悲鳴が出た。
 真後ろに、夜久碧が立っていた。

「昨日、何で逃げた?」
「逃げるだろ、普通に!」

 思わず素で声を張った。
 周囲の目線に気が付いて、僕は顔を取り繕った。

「……夜久くん、僕に何か用?」

 引き攣った笑顔で問い掛ける。

「碧って、呼んでほしい」
「どうして? 僕と君は友達ですらないのに」
「友達じゃない。恋人だか……むぎゅ」

 腕を伸ばしで、夜久の口を塞いだ。
 やけに背が高いから、距離的にギリギリだ。

「ちょっっっと、いいかな」
「うん」

 僕は夜久の腕を引っ張って、歩き出した。

「どこに行くんだ?」
「とりあえず、人がいないとこ」
「恋人だから?」

 夜久が、僕の髪にキスをした。
 ぞぞっと寒気が走る。

「人前でそれを言ったら、お前を嫌いになる」

 何ならもう嫌い寄りだけど。
 というか、嫌いだけど。

「じゃ、言わない」

 夜久が俺の手を握った。

「何して……」
「人が来ない場所、知ってるよ」

 夜久が、ほんのり微笑んだ。
 気のせいかと思うくらい、ちょっとだけ笑った、ように見えた。

(え……何、今の顔。笑った? 気のせい?)

 可愛いとか、優しいとか、そういうんじゃなくて。
 柔らかい表情が、昨日とは少しだけ違って見えた。

「……顔だけは、良いんだよな」

 不覚にも少しだけ心臓が跳ねたのは、気が付かない振りをした。