「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 今日の僕は、ちょっとワクワクしていた。
 いつも弁当を作ってくれる碧に、今日はパウンドケーキを作ってみた。
 チョコ系が好きな碧のために、チョコマーブルにした。

(大成功だ。最近の中で一番、美味しくできた)

 大きめに作ったから、少し余った。
 その分を軽くラッピングして、日高に渡した。

「え? いいの?」

 日高が、驚いた顔をしている。

「いっぱい作ったから、お裾分け」

 碧以外の人にお菓子を渡すのは、まだちょっと緊張する。
 驚いたような顔をしていた日高が、笑った。

「本当に作ってくれると思わなかった。嬉しいなぁ」

 本当に嬉しそうな笑顔だ。
 胸が少しだけ痛んだ。

(碧のために作った、残りなんだけど)

 こんなに喜んでくれると、申し訳なくなる。

「大事に食べるよ。ありがとな」
「大事に、しなくていいよ。気楽に食べて」

 照れくさくて、俯きがちになる。

「朝比奈が作ってくれたんだから、大事だろ」

 本当に大事そうに、日高がパウンドケーキを鞄に仕舞った。
 
(日高は、優しいな。気遣いがさりげない)

 日高が優しく受け取ってくれたから、安心した。

「あー! ちょっと、日高!」

 遠くから佐田が叫んだ。

「今、朝比奈くんから何を受け取ったの、ねぇ!」
「別に何も」
「ラッピングされてた! 朝比奈くんのお菓子でしょ。日高ばっかり狡い!」
「受け取ってないよ」

 佐田と話しながら、日高がこっそり廊下を指さした。
 早く行けの合図だ。
 僕は頷いて、そろそろと廊下に向かった。

「ちょっと日高、聞いてるの?」
「聞いてないよ。知らないって」
「狡い、私も欲しい!」
「はいはい」

 佐田をいなす日高の声を片耳に聞く。
 僕は旧校舎に走った。

「碧!」

 扉を開けたら、やっぱり碧がいた。

「どうした?」
「パウンドケーキが、上手に焼けた!」

 碧用に準備した大きな袋を取り出す。

「いつもよりデカい」
「うん、大きく作った」

 碧はたくさん食べるから、量も多く一個も大きく切った。

「今、食べてもいい?」
「弁当の前に?」
「今、食べたい」
「別にいいけど」

 丁寧にラッピングを開けると、パウンドケーキを見詰める。
 一切れ手に取って、まじまじと眺めた。

「チョコだ」
「碧、好きだろ。これは、碧用のパウンドケーキだから」

 碧の目がちょっとだけ開いた気がした。
 パクリ、と何の前触れもなく、碧がパウンドケーキを食べた。
 もぐもぐする顔が、いつもより味わっているように見える。

「美味い。めっちゃ美味い」

 あっという間に一切れ平らげた碧が、もう一切れを手に取った。

「そんなに食べて、お弁当入る?」
「大丈夫、食べる」

 碧は大食漢だから、平気かもだけど。
 二切れ食べた碧が、顔を顰めた。

「え? 何? 不味かった?」
「ちがう。このままだと、食べきる」
「碧いなら、ケーキも弁当も食べられそうだから、いいけど」

 僕は碧が作ってくれた弁当を広げた。
 今日はアスパラの肉巻きフライだ。

(僕の好きなおかず。嬉しい)

 ホクホクしながら、フライにパクついた。

「勿体ない。持って帰りたい」

 碧の悩みは、そういうことらしい。
 食べたいと持って帰りたいの間で悩んでいる。
 僕は思わず吹き出した。

「気に入ってくれて、よかった。そんなに喜んでくれるなら余り分、日高にあげるんじゃなかったな」
「え? 他の人にも、あげたの?」

 碧が、スンとした顔で問う。

「うん、さすがに多すぎるかなと思って、余った分、クラスメイトにあげたんだ」
「なんで?」
「だから、多すぎるかと」
「俺が全部食べる」
「えっと……もうあげちゃった」
「これからは、俺にだけ、ちょうだい」
「うん……わかった」

 碧のために作ったパウンドケーキだ。
 他の人にあげるのは、失礼だったかもしれない。

(こんなに喜んでくれるなら、全部入れても良かったな)

 いつもより表情がわかるくらい、喜んでくれた。
 こんなに喜ぶとは、思わなかった。
 でも今は、ちょっと不機嫌そうだ。

「誰にあげたの?」
「クラスメイトの、日高光飛」
「仲いいの?」
「クラスの中では、一番仲が良いかな。一年から同クラだし」
「いいな」

 ぽそりと碧が呟いた。

「昼休みと放課後、毎日一緒なんだから。一番、一緒にいるのは碧だけどな」

 碧がまた、目を見開いた。
 心なしか耳の端が赤い気がする。

「碧がさ、どんな僕でも気にしないから」
「絢音なら全部、いい。全部、嬉しい」
「そういう風に、言うから!」

 ド直球の言葉を恥ずかしげもなく投げてくる。
 それが碧なんだけど。

「だから……クラスでもさ、無理して王子様を演じなくてもいいかなって、思えるようになって」

 王子様は、声を荒げたり、怒鳴ったりしない。
 愚痴ったり文句も言わない。
 いつも優雅に微笑んで、何でもそつなくこなす。

「お菓子作りも内緒にしていたけど、バレただろ。でも、皆そんなに驚いてなくて。それでもいいんだなって思ったんだ」

 僕は食べる箸を止めた。

「だから、ありがとう。碧のお陰だから。お礼のパウンドケーキ」

 恥ずかしくて、顔が熱い。
 見上げたら、碧の顔も赤かった。

「……ヤバい、嬉しい」

 碧が手で口を覆った。

「この嬉しいが、好き……?」

 モゴモゴと何か言っているが、聞き取れない。

「こんなお礼しか、できないけど」
「嬉しい。絢音が今までくれたもの、全部嬉しいけど。今日は一番、嬉しい」

 碧が、いっぱい喋った。
 そのことにもビックリしたけど。

「笑った……」

 口角が上がっている。
 目が細まって、少し潤んでいる。
 碧が微笑んでいる。

(佐田にクッキーを踏まれた時以来だけど、今日のほうが笑顔の破壊力、高い)

 胸の鼓動が静かに早くなっていく。
 ずっと見たかった碧の笑顔を見詰める。
 胸にジワリと広がる感情に名前を付けるのが、怖かった。