「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 昼休みの旧校舎は人が少ない。
 まして、校舎の外となれば、誰もいない。
 もしかしたら新校舎の特別棟の窓から、僕らの姿が見えるかもしれないけど。

 この状態を観られたら、僕は終わる。

 碧の手が僕の腕を引いて。
 何かを問いかける隙も無く、唇が塞がった。
 腰に回った手で抱きしめられて、後頭部を抑え込まれた。
 身動きができないまま、キスだけが深くなる。

「きゃ……」

 箕輪が小さな悲鳴を上げて、息を飲んだ。

「ん……んん!」

 じたばたしても、離れてくれない。
 こんな状況、もう弁解のしようもないじゃないか。
 僕は、涙目になりながら、碧のジャケットを握り締めた。

「……っはぁ」

 やっと唇を離してもらえたと思ったら、胸に抱かれた。
 碧の力が強くて、逃げられない。

「碧、離して……」
「俺の」
「は?」
「絢音は、俺の」

 碧の目が、箕輪に向いていた。

「もう何度もキスしてる。だから絢音は、俺の恋人」

 切れ長の目が、いつもより細い。
 睨んでいる訳じゃないんだろうけど。

(怒ってる……?)

 箕輪が腰を抜かす勢いで震え出した。

「うそ……恋人って」
「ちがっ……箕輪さん、これは、その……」

 碧は好きをわかっていないから、恋人ごっこしながら探している最中で。
 キスしたら恋人だと、何故か思っているんだよ。
 
(この説明で、納得できるか?)

 今のこの状況を的確に説明する言葉が見付けられない。
 
「俺のだから、返してもらう」

 しかも、碧がダメ押しを畳みかけた。
 箕輪の目が、ジワリと潤んだ。

「朝比奈くんが恋人なんて、そんなの……勝てるわけないじゃん! うわぁあん!」

 箕輪が泣きながら走って行った。

「待って、箕輪さん! このことは内密に……」

 してくれるわけがない。
 しかももう、聞こえる距離にいない。
 僕は碧の腕の中で、がっくりと項垂れた。

「大事な用事って、これ?」

 碧が、僕を見下ろした。
 その目が、まだ怒っている。
 僕の中にも、じわじわと怒りが湧いてきた。

「……そうだよ、これが大事な用事だよ。箕輪さんは、お前のことが好きなんだよ!」

 言ってしまった。
 これだって、内緒にしてほしい個人情報のはずなのに。
 僕が伝えて良い気持ちじゃないのに。
 言わずにいられなかった。

「仲良くなりたくて、昼休みにどこにいるか知りたいからって、一緒に探してたんだよ。でも、僕と一緒だなんて、言えないだろ」
「なんで、言えないの?」

 そんなの、変な噂になったら困るからに決まってる。
 
(本当に、そう? ……違う、僕は……)

「箕輪さんと三人でお昼は、嫌だった」

 碧を独占していたかった。
 あの場所を知られたくなかったのは、僕だ。

「だから適当に付き合って、いい所で納得してもらって、切り上げるつもりだったんだ。なのに、碧が」

 碧が全部、台無しにした。
 腹立たしいのに。
 箕輪が見ている前でキスされて、怒ってるのに。

(なんでちょっと安心してんの? 嬉しくなってんの?)

 碧がはっきりと俺のだと宣言してくれて、胸のモヤモヤが晴れた。
 こんな自分の気持ちが、わからない。

「俺も、絢音と二人が良い」

 碧が、更に強く僕を抱き寄せた。

「絢音が俺のこと考えてくれて、嬉しい」
「それは……」

 周囲にバレるのが、嫌だっただけで。
 二人の秘密の時間を、邪魔されたくなかっただけだ。
 なのに僕の手は、碧のジャケットを掴んだまま、離せなくて。

「絢音。もう一回、キスしたい」

 碧の顔が近付く。
 どうせ碧は、嫌って言ってもするんだ。
 僕は、少しだけ顔を上向かせた。
 温かな唇が、ふわりと重なる。
 さっきより優しいキスが、ジワリと胸を熱くした。

「……碧の、馬鹿」
「なんで?」
「うるさい」

 箕輪が誰かに話さないかとか。
 誰かに見られていないかとか。
 午後の教室に戻るのに、不安しかないけど。
 碧にしがみ付いている今だけは、不思議と安心できた。