「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 三限が終わってから、僕は箕輪に呼び出された。
 教室を出て行く僕を佐田がじっと見ていたのが、ちょっと怖かった。

「どうしたの?」

 廊下の端っこでコソコソ声を掛ける。

「あのね、昼休みに夜久くんがどこに行っているか、知ってる?」

 ドキン、と心臓が大きく跳ねた。
 僕と一緒にいます、というべきか。
 だけど、あの空き教室は、碧にとって内緒で特別な場所のはずで。
 それを僕が話すわけにはいかない。

「……知らない」

 迷った結果、そう答えるしかなかった。

「へぇ、嘘っぽい」
「どうして?」

 僕はいつもの通り、王子様スマイルで返した。
 今こそ、この仮面を使うべきだ。

「だって、朝比奈くんと夜久くん、異常に仲良いから」
「仲良くたって、知らないこともあるよ」
「言いたくないの?」
「違うよ」

 中々、引き下がってくれない。
 段々、苦しくなってきた。

「じゃぁ……」

 箕輪が僕の腕に抱き付いた。

「朝比奈くんにくっ付いていたら、夜久くん見付かるかな」
「どうして、そうなるの」

 僕は、やんわりと箕輪の腕を剥がした。

「私は夜久くんが好きなの。協力してくれるって言ったよね」
「言ったけど」

 箕輪が俺を見詰める。
 そんなに見られても、困る。

「箕輪さんは、何がしたいの? 告白したいの?」
「そうだけど、その前に仲良くなりたいの」
「仲良くか」

 碧に限って、それは非常に難しい。
 何せ、碧は箕輪に興味がない。
 興味のない相手は、碧の目には映らない。

「応援は、できるけど。それ以上は」

 箕輪が、僕の腕をぐいと引いた。

「私と夜久くんが仲良くなれるように、何とかしてくれない?」
「えっと……」
「夜久くんがちょっと変わってるのは、わかってるの。そういうところも含めて好きなの」

 さすが、よく観察しているらしい。
 
「とりつくシマもなかったけど、今は朝比奈くんがいるから。ちょっとくらい近付けるかなって」
「そう言われてもね」

 そういう使い方をされるのは心外だ。
 
「ね、お願い! 私と一緒に、夜久くんが昼休み、どこに行っているか探して」
「探すの? 一緒に?」
「だって、知らないんでしょ」
「まぁ、うん」
「じゃ、決まりね」
「え?」
「昼休み、迎えに来るから!」

 箕輪が笑顔で手を振りながら、隣のクラスに戻った。

「ちょっと待って」

 追いかけようとしたら、予鈴が鳴った。
 僕は、トボトボと教室に戻った。


 授業中、僕は頭を抱えた。
 
(どうしよう。旧校舎の空き教室に行けない)

 知らないと言った以上、昼休みは箕輪に付き合うしかない。
 僕は悩んだ結果、碧にメッセした。
 先生の目を盗んで、机の下でスマホを握る。

『ごめん、昼休み、行けない』
『なんで?』
 
 驚くような速さで返信がきた。

『ちょっと、急用』
『大事な用事?』

 大事な、という言葉に、指が止まった。
 正直に言えば、碧の弁当のほうが大事だ。

(でも、秘密を守るためには、仕方がない)

 僕は後ろ髪引かれる心を殺して、返信した。

『大事だよ。だから、ごめん』

 返信した瞬間に後悔する。
 それくらいには、碧のところに行きたい。
 早かった碧からの返信が、止まった。

(どうしたんだろう。返事、こない)

 僕はソワソワしながら碧の返事を待った。
 しばらくして、スマホのバイブが鳴った。
 びっくりして、足を机にぶつけた。

「いたっ!」

 思わず声が出た。

「朝比奈、どうした。居眠りか」
「違います。すみません」

 先生にスマホは見えなかったようだ。
 ホッとしつつ、皆の視線が痛い。
 周囲を窺いながら、僕はこっそりとスマホを覗いた。

『わかった』

 じわりと、胸が冷えた。
 碧の言葉は、いつも短いけれど。
 今はやけに冷たく感じる。

 スマホを握り締める。
 僕は自分の気持ちまで握り潰していた。