「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 僕は空き教室に駆け込んだ。
 既に碧が来ていた。
 机の上には弁当が置いてある。

「遅くなって、ごめん」
「何かあった?」

 碧が僕の手元を眺めた。

(昨日、あんなことがあったから、気にしてくれてる?)

 碧なりに心配してくれているのかもしれない。
 
「早瀬が、お菓子作りの本、貸してくれて」

 僕は本を机の上に置いた。

「昨日のこと、慰めてくれたみたいだ」

 ちょっと照れくさいような、変な感じだ。
 そんな僕を、碧がじっと見詰めた。

「ん? どうした……え!」

 立ち上がった碧が、僕の腕を掴んだ。
 シャツを引っ張ると、僕の首元に噛みついた。

「いっ、ぎゃあああ!」

 思わず漫画みたいな悲鳴を上げた。
 めっちゃ痛いって訳じゃないけど。
 カプって感じだったけど。

(ビックリするだろ、普通に!)

 まるで吸血鬼みたいに、碧が俺の首に吸い付く。
 噛むだけじゃなくて、チュウチュウ吸っている。
 くすぐったくて、涙目になる。

「ふぁ、なに、なに……して」

 吸いながら、碧が俺の肌をぺろりと舐めた。

「ひぁ!」

 短くて高い悲鳴が漏れた。
 プルプル震える僕の肩を、碧が抱いた。

「俺の」
「は?」
「絢音は、俺のだから」
「何で今それ……」

 僕の目に、早瀬が貸してくれたお菓子の本が飛び込んだ。

「もしかして……嫉妬?」

 碧が僕を見詰めた。

「俺の、恋人」
「そうじゃなくて……」
「俺の」

 今度は、碧にぎゅっとされた。
 微妙に会話が噛み合わない。
 だけど、碧が何を言いたいのか、何となくわかる。

「……早瀬は、ただ心配してくれただけだよ。僕はちゃんと、碧と恋人してるよ」

 今はまだ、僕の中では恋人ごっこだけど。
 碧の中では、僕たちは恋人なんだ。

「……うん」

 碧が僕の肩に顔を乗せた。
 また噛まれるのかと、ビクリと肩が震えた。
 噛んだりすることなく、ただ僕の肩に顔を預ける。
 僕を抱いて、ゆらゆら揺れている。

(ちょっと、可愛いな)

 なんて思った自分を、ぶんぶんと頭を振って追い出した。
 こんな図体のデカい男、可愛いはずない。

「お弁当、食べよ。きょうのおかず、何?」
「ハンバーグ」
「僕、好きだよ」
「うん、そう思って、ハンバーグにした」

 トクン、と心臓が跳ねた。
 僕が肉好きだから。
 碧も碧なりに、僕を慰めようとしてくれたんだ。

(なのに、僕が早瀬の話を先にしちゃったから)

 僕は碧の背中に手を伸ばして、ポンポンと叩いた。

「ありがとう。凄く嬉しい。早く食べたい」

 碧が僕から離れて、弁当を広げてくれた。

「いただきます」

 向かい合って座って、同時にハンバーグをパクリとする。

「うわぁ、美味しい」

 冷めていても、普通に美味しい。
 いくらでも食べられる。

「やっぱり、碧のお弁当が一番、美味しい」
 
 購買の弁当より、学食の定食より。
 碧のお弁当が最高だ。

「美味しくて、元気出た」

 碧が照れくさそうに俯いた。

「なら、良かった」

 ちょっと満足そうに、碧がハンバーグをパクリとした。
 その顔に、僕は満足した。
 同時に、少しの罪悪感が湧いた。

(碧は僕を元気にしたくて、ハンバーグを作ってきてくれた)

 だから、僕の返答は満点のはずだ。
 それで碧は気を良くしてくれたに違いない。
 別に気を遣って言ったんじゃない。
 本当に美味しかったし、元気も出た。

(だけど、僕が言いたかったのって、それだったのかな)

 自分が本当に言いたかった言葉が、わからない。
 僕の胸は何となくモヤモヤしていた。
 でも、ハンバーグはやっぱり美味しかった。