「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 碧の手を引いて、僕はズンズン歩いた。
 正門から出て、公園までの道を行く。
 その途中で何人もの生徒に見られたけど、手は離さなかった。

 公園まで歩いて、川沿いのベンチにドカッと座った。
 僕に手を繋がれていたから、碧も一緒になって腰を下ろした。

「嫌な思いさせて、ごめん」

 佐田の言葉と行動はあまりに鋭利で、僕には痛かった。
 きっと、碧も痛かったに違いない。

「別に。だけど」
「ん?」

 いつも通りの碧の返事だけど。
 僕は碧を振り返った。

「絢音のクッキー踏まれたのは、腹立った……久し振りに怒った」

 じわりと、胸に何かが広がっていく。
 僕は握る手に力を込めた。
 
(もっと自分のことで怒ってもいいのに。碧は僕のことで怒るんだ)

 ポロポロと情けない涙が零れた。
 何で泣いているのか、自分でもよくわからない。

「絢音?」

 覗き込んだ碧が、息を飲んだ。
 自分のジャケットを脱ぐと、僕の頭から被せた。
 肩を抱いて、抱きしめられた。

(こんなの、誰が見ているか、わからないのに)

 シャツ越しに、碧の体温を感じる。
 温かくて、僕は顔を寄せた。

「ごめん。怒らないほうが良かった?」

 違う、そうじゃない。
 僕はフルフルと首を振った。

「あんなの、怒るよ。普通に怒る。僕だって、腹が立ったよ」

 でも僕が腹を立てたのは、自分自身だ。
 最初から上手く誤魔化せていたら、佐田はきっとあんなことしなかった。

「僕が、悪い」
「それはない」

 僕の言葉を、碧が秒で否定した。

「絢音が怒ったり、悲しんだりするの、俺は嫌だ。だから……」

 ドキッと胸が冷えた。
 一緒にいるのを止めるつもりだろうか。

「お弁当は一緒に食べたい」
「もっと一緒にいようと思う」

 僕の本音と、碧の決意が、被った。

「……え?」

 思わず碧の顔を見上げた。
 
「一緒にいるのが自然になれば、誰も文句言わない」
「あー、そういう」

 とても碧っぽい発想だ。
 肩の力が抜けた。

「恋人なのは、内緒だけど。友達でも、昼は一緒に食べるから」
「そう、だね」
「仲が良ければ、帰りだって一緒に帰る」
「確かにね」

 仲良しな男子グループなんて、もしかしたら恋人以上に一緒にいる時間が長い。
 そういう意味では、僕と碧が一緒にいるのだって、変ではないはずだ。

「仲良しって、言えばいい」

 碧がいつもの感じで淡々と言った。

「仲良し……そっか」

 別に仲良しを否定する必要はないんだ。
 友達だって仲良しなんだから。

(恋人は……僕と碧は、暫定の恋人だ。本当は恋人っていえば、いいのかもしれないけど)

 正直、そこまで言えるほど、自分の中に恋心が育っているのか、わからない。
 だけど、碧にこういう言い方をさせるのは、胸が痛い。

(自分の気持ちが全然、わからないよ)

 最近は碧と一緒にいるのが楽で、一緒にいたくて。
 それが恋人の好きに繋がるかと聞かれたら、頷けない。

(友達なら全然、アリなのに)

 碧は、どうなんだろう。

「碧は、僕のこと、好きになれた?」

 碧だって、僕のことを好きになりたいのであって、好きなわけじゃない。
 今はどういう気持ちなのか、気になった。

「俺は……」

 碧が考える顔をした。

「絢音が嬉しいと、嬉しい。絢音の色んな顔を見たい。知りたい」

 碧の手が僕の頬に触れた。
 肩が小さく震えた。

「時々、こんな風に触れたくなる」

 長い指が、目尻を撫でる。
 くすぐったくて、目を瞑った。

「絢音が悲しい時は、抱きしめたい」

 碧が僕の肩を、ぎゅっと抱いた。

「他の誰かが、そうしていたら……殴るかもしれない」
「殴るのは、ダメ」

 碧みたいにデカい男に殴られたら、相手はただでは済まない。
 大事件になる。

「これは、好きでいい?」

 そう聞かれても、僕にもわからない。
 何せ、人を好きになったことがないんだから。

「わからないけど。一般論的に、そう……なんじゃないかな」

 世間一般に流れる恋愛ドラマや漫画や小説なら、そんな風に書いてあるんだろう。

「絢音は、どう?」
「僕は……一緒にいると、楽」

 素の自分でいても、碧は驚かないし、引かない。
 王子様みたいに振舞わなくても、好意を寄せてくれる。

「絢音に、好きになってほしくなった」

 撫でていた頬に、碧がキスをする。
 ビクリと肩が上がった。

「こんなところで、そんな……」
「誰もいない。いる所では、しない。絢音が嫌がるから」

 僕は固まった。
 固まりつつ、ちょっと安心していた。

(僕に合わせてくれようとしてる)
 
 何を考えているかわからない碧だけど。
 最近は会話も噛み合うし、感情も見える。
 僕の立場や考えも、受け入れて合わせようとしてくれている。
 そう思ったら、またジワリと胸が熱くなった。

「急には、無理だけど。一緒にいたら、そういうことも、あるかも」

 こんなこと、言うつもりはなかったけど。
 好きになるかなんて、わからないけど。
 気付いたら、口から出ていた。

「うん、俺を好きになって、絢音」

 碧の唇が降ってくる。
 今度は額に口付けられた。

(口には、しないんだ)

 あんな通り魔みたいなキスをしたくせに。
 今になって、その辺りに気を遣うなんて、順番が逆だ。

 今だけ。
 そう思いながら、唇に届かない碧のキスを、甘んじて受け入れた。