「キスしたら、俺の」――突然のキスで、勝手に恋人宣言されました

 それからは週に二回くらい、お菓子を作って持っていった。
 碧は毎回持って帰るから、お持ち帰り用と学校で食べる用を準備した。

 昼休みに一緒にご飯を食べて、放課後は一緒に帰る。
 そんな日々が、三週間も続いている。

「ねぇ、朝比奈くんて、夜久くんと仲良しなの?」

 いつも声を掛けてくるクラスの女子が、不機嫌そうに聞いてきた。

「え? 別に、普通だけど」

 内心、ドキリとしながら、平静を装った。

「一緒にいること、増えたよね?」
「そうかな」
「もしかして、お昼も一緒とか?」

 心臓が飛び出そうなくらい、思いっきり跳ねた。

「まさか、違うよ」
「最近、一緒にお昼ご飯できなくて、つまんなーい」
「それは、ごめんね」
「どこに行ってるの?」

 他の女子が聞いてきた。
 何とも答えようがない。

「ちょっと、大事な用がね」

 中途半端に秘密なんて言葉を使うと、彼女らの好奇心を煽る。
 かといって、具体的なことを一つでもいえば、その恐ろしい嗅覚で嗅ぎつけてくる可能性もある。

「じゃぁさ、今日はうちらと帰ろうよ」
「そうだよ。久々にカラオケ行こ」
「うーん、今日はちょっと」

 きっともう、裏門で碧が待っている。
 いつもは捕まる前に逃げられるのに。
 掃除当番だったから、逃げそびれた。

「もしかして、夜久くんと帰るとか?」
「だから、違うよ」

 小さな苛立ちが湧いた。
 僕がどこで誰と何をしていようと、この子たちには関係ない。

「だって、夜久くんと仲良くなってからじゃん。朝比奈くんがうちらの王子様じゃなくなっちゃったの」
「うちらの、王子様」

 僕は口の中で小さく復唱した。
 確かに王子様のイメージを崩さないように気を遣ってきたけど。
 誰かの所有物になった覚えはない。

(だって僕は、碧の恋人……暫定的に恋人なのに)

 頭の中を過った言葉を、追い出した。

「いい加減にしなよ、佐田。朝比奈くん、困ってる」

 割って入ってくれたのは、クラス委員長の早瀬理乃だ。

「はぁ? うちらと朝比奈くんが話してるの。勝手に混ざってこないでよ」

 佐田が不機嫌さを増して早瀬を睨んだ。
 その後ろから、大きな影が落ちた。

「絢音、遅いから迎えに来た」

 いつの間にか、碧が立っていた。

「あ、あお……」

 名前を呼びそうになった口を抑えた。
 この場で下の名前なんか互いに呼び合ったら、何を言われるかわからない。

「やっぱり一緒に帰るんじゃん。何で隠すの?」

 佐田がじっとりと俺を見た。

「その、だから……」
「もしかして、付き合ってるとか?」

 どこからか、女子の声が聞こえた。

「え? うそ。男同士?」
「今時、珍しくないけど。朝比奈くんは意外かも」

 ひそひそと、話声が聞こえてくる。
 ドクドクと、嫌な鼓動が早くなる。

「ちょっと、やめなって!」

 早瀬が怒鳴りつけた。
 一瞬、教室が静かになった。
 お陰で僕は我に返った。
 こっそりと深呼吸して笑顔を作った。

「そういうんじゃないよ。今日は夜久と約束があったんだ」

 僕は鞄を持つと、席から立ち上がった。

「夜久、帰ろう」

 碧の背中を押して廊下に出そうとする。

「何でよ、男のくせに」

 佐田が、ぼそりと呟いた。

「なんでアンタが、うちらから朝比奈くんを奪うわけ? イケメンだからって、何してもいいわけじゃないんだから!」

 佐田が碧を思いっきり突き飛ばした。
 大きな碧の体が、少しだけよろけた。
 その拍子に、碧の鞄からお菓子が転がり落ちた。

(僕が昼休みに渡したクッキーが)

 胸が冷える想いで、僕は固まった。

「なにこれ、手作り?」

 佐田がクッキーを覗き込んだ。

「まさか、朝比奈くんに渡すつもりだった? やだぁ、意外~」

 佐田がケラケラ笑う。
 碧がクッキーに手を伸ばした。
 床に転がるクッキーを、佐田が踏みつけた。
 ドクンと、血の気が下がった。

「夜久が可愛いことしても、キモいだけだから。朝比奈くんだって、迷惑だよ」

 拾おうと屈んだ碧を、佐田が笑う。

「佐田、いい加減に……」
「……どかせ」

 止めに入ろうとした早瀬が止まった。
 碧が、地を這うような低い声で呟いた。

「足をどかせよ」

 碧が佐田を睨んだ。
 ビクリと肩を震わせて、佐田が足をどけた。

「な、なによ」
「アンタ、やりすぎ!」

 早瀬が佐田の腕を引いた。
 碧がクッキーを拾って、埃を払った。
 封を切ると、その場で食べ始めた。

「え? 何してんのよ」

 佐田が困惑している。
 隣の早瀬もわからない顔をしていた。

「美味いよ、絢音」

 碧が僕に向かって、口角を上げた。
 ほんの少しだけ、微笑んでいた。

(こんな時に、笑った顔、見せるとか)

 今まで何度も、笑いそうで笑わなかったくせに。
 涙が潤みそうになるのを、僕は必死で耐えた。

「僕にも、ちょうだい」

 僕は袋の中からクッキーをとって、食べた。

「やだ、朝比奈くん、なんで」

 佐田が、まるでショックを受けたような顔をしている。

「このクッキー、作ったのは、僕だよ」

 僕は、いつもの声で、いつもの微笑で、そう言った。

「え……?」

 佐田が驚いた声を上げる。

「碧にお礼するために、僕が作ったんだ」
「うそ……私……違うの、あれは、踏んだんじゃなくて、足が滑って」

 佐田の顔が見る間に蒼くなった。
 僕は、自分から碧の手を握った。

「帰ろう、碧」
「うん」

 僕は、頷いた碧と共に、教室を後にした。
 その後、教室に残った生徒がどんな会話をしているかなんて、知らない。
 どうでもいい。
 碧の手を握っている今だけは、そんな風に思えた。