キスしたら、俺の

 ただ一人で廊下を歩いていただけだった。
 いつも女の子に囲まれているから、一人というのは珍しいんだけど。

「遅くなっちゃったな」

 担任との二者面談が、長引いた。
 腕時計を見た時に、前から誰かが歩いてくるのが視界の端に映った。
 だから、誰かいるのは、わかってた。
 
 だけど——。

 顔を上げた瞬間、唇に熱が触れた。

(……え?)

 一瞬、何が起きたのか、わからなかった。
 唇に、唇が、触れている。
 大きな手で後頭部を抑えられた。
 それで、ようやくこの異常な状態に気が付いた。

「……何、するんだ。離せ!」

 デカい体を突き放す。
 男がよろけた。
 隣のクラスの夜久(やく)(あおい)だった。

(こいつ、確か……クール系とか言って女子が騒いでるイケメンじゃないか)

朝比奈(あさひな)絢音(あやと)くんは優しい王子様系!』

 僕はそういう評価だから、真逆にいる奴だ。
 何で僕は、この男にキスされたんだ?

「俺の」

 夜久が俺の目を見たまま、呟いた。

「……は? 何が?」

 思わず反応してしまった。

「朝比奈が」
「わけがわからない」

 コイツの言葉が、本気でわからない。

「キス、したから」
「なんで、急にキスなんか」

 さっきの感触を、うっかり思い出した。
 耳が熱くなる。
 キスなんか、実は初めてなのに。

「恋人」
「誰が?」
「俺と朝比奈」
「なんで?」

 今まで接点なんかない。
 ろくに話したこともなかっただろ。

「キスしたら、恋人」
「何でだよ!」
「好きに、なりたいから」
「……は? なりたい?」

 俺は口を開けて呆けた。
 コイツが何を言っているのか、わからない。
 わからな過ぎて、怖い。

 呆ける俺を、夜久がふわりと抱いた。

「もう、恋人だから。俺の、絢音」

 何言ってんだ、コイツ。
 全然理解できない。
 フリーズする俺を、夜久が当然のように抱いていた。