初田ハートクリニックの法度

 頭がくらくらして、胸のあたりが冷たくなって、黒いモヤがぐるぐると渦巻く。

 わかり合えない人種はいるものだと、初田が言った。

 そのとおりだった。

 コウキはどんなに考えを巡らせても、タルトを捨てる理由がわからなかった。

 この気持ちにはどんな名前をつけるべきなんだろう。

 わかるのは、“楽しい”“嬉しい”じゃないということだけ。

「ごめんね、コウキがせっかく作ってくれたのに。先に食べておけばよかった……」

 礼美が泣きながらゴミ箱を見下ろす。

 うまくできたのに、ゴミと混ざり合ってぐちゃぐちゃだ。

 礼美が捨てたわけではないのに、謝るのはおかしいとコウキは思った。

 夕方、ゴルフが終わったら帰ってくる。

 帰ってきてしまう。

 また秀樹は礼美を悲しませるようなことをするんだろう。

 秀樹がいない間は楽しいがいっぱいあったのに、全部消し飛ばされてしまった。

(あいつはいらない。あいつがいると母さんは泣く。二度と帰ってこなければいいのに)


 コウキの気持ちが暗い深淵に落ちていく。

 初田が危惧した事態が起ころうとしていた。