初田ハートクリニックの法度

「スーパーの鮮魚コーナーでマグロの解体ショー。俺くらいの年の人も大人もみんな集まって楽しんでる。なんでマグロはよくて猫はダメなんだ? 校舎裏にいた野良猫だから誰のペットでもないのに」

 コウキは不貞腐れたように言う。

 倫理観の欠如。
 いや、価値観が一般的なものと乖離している。

 初田はドイツ語で素早くカルテに書き込む。

「マグロは食べ物だからね。解体した後はみんなでいただくだろ。コウキ君はなんのために猫を解体したんだい」

「マグロのショーはみんな楽しんでるから、猫だって楽しんでくれると思ったんだ」

「楽しかったのかい」

 コウキは首を左右に振る。

「俺は楽しいと思ったのに、みんなが泣きながら先生を呼んで、母さんが学校に呼び出されて、それっきり」

「そうか。……ちょうどお昼時だろ。お腹空いてないかい。おにぎりは塩にぎりだから、米のアレルギーでない限りは食べられるよ」

 初田はおにぎりを勧めながら、自分もおにぎりを食べる。
 コウキはおにぎりだけでなく、紅茶にも手をつけない。

「外で食べたら母さんに怒られる。夕食が入らなくなるからダメだって」

根津美(ねづみ)さんのおにぎりは美味しいんだよ。あ、根津美さんは受付にいたお姉さんのこと」

 膝の上で拳を作り、頑なに手をつけようとしない。まるで警察で調教された犬だ、と初田は内心でため息をつく。
 ここに入ってきてからずっと、コウキは常に母親の顔色を窺って行動している。

 同年代の少年なら本来、もっと生意気だったり、よく笑ったりするのに。

 着ている服もコウキの趣味ではなく、母親が買い与えたものだと察せられた。