初田ハートクリニックの法度

「許可しない? どうして」

『心が疲れている? そんなの怠惰な者の言うことだ。ウツだの不眠症だの、心の病ってのは全部甘えだ。オレは三十八度の熱があっても出社するぞ。コウキにはこれまで通り勉強だけさせておけばいいんだ。学力が落ちても医者は責任を取ってくれないんだぞ』

「学力の心配より、コウキの体の心配をして」

『話は終わりだ。クソ医者に二度も騙されやがって!』

 一方的に電話を切られてしまった。

 ツー、ツー、という音だけが虚しく繰り返される。

「母さん」

「ああ、ごめんねコウキ。うるさかったよね」

 自室に戻っていたはずのコウキが、いつの間にか礼美のそばにきていた。

 コウキに聞かれてしまったかもしれない。

 秀樹がまだ勉強を押し付けようとしていること。

 心の治療を理解していないこと。

「…………これ」

「なあに?」

 渡されたのは、ホットミルクだった。

 ずっと渡す機会をうかがっていたのか、カップは少しぬるい。

「先生が、毎晩寝る前に作って飲めって。心が落ち着くって、レシピをくれた。作りすぎたから、母さんも」

 コウキの表情はかたくて、お世辞にも笑顔とは言いがたい。それでも不器用な優しさが伝わってくる。

 目の前がにじんで、礼美は声をあげて泣いてしまった。