初田ハートクリニックの法度

「一度でいいから人間も切ってみたかったんだ。そこらのネズミくらいじゃ手応えなくてさ。一応俺も普通を学んだ訳よ。蝶やバッタは殺したら怒鳴られるけど、ゴキブリみたいな害虫は殺しても問題ない」

 平也には理解不能だが、世間一般には害虫は殺してもいい虫で、それ以外は殺してはいけないものなのだ。

 女子たちにもてはやされるとびっきりの笑顔で、芥川の袖を切り裂き、その背後にあった壁にナイフの傷がつく。

 血が飛び、平也の頬を濡らした。

「俺の目にはお前が害虫に見えるから、殺しても問題ないよな」

 芥川は切られた腕を押さえ、硬直した。

 品行方正な生徒の一人にしか見えない嘉神平也が、人を切りつけて満面の笑顔を浮かべている。

 脅しでも何でもなく、娯楽の感覚で。

 粕田と乾は、一番やばい類いの人間に近づいてしまったことを悟り、つんのめりながら逃げ出した。

 仲間だった女子も危険だと察知して走り去る。

「あー、他の虫が逃げちゃった。まあいいか。一匹(・・)残っているから」

 芥川を切ったことに後悔も怯えも見せず、まだやろうとしている。