初田ハートクリニックの法度

「にいさん、泣かないで」

「……泣くつもりなんてなかったんですが。やっぱり、嬉しくても涙は出るんですね」

 初田の頬は涙で濡れていた。

 母と年の変わらぬ看護師が、綺麗な布で娘をくるんで初田のところに連れてくる。

 この人は初田が総合病院にいた頃から務めているので、顔見知りだ。

「初田先生、娘さんのこともねぎらってあげてください」

「はい」

 両親学級で練習したように、首を支えながら抱っこする。

 腕の中の重みは練習用の人形よりずっと重かった。

 あれはあくまでも人形であって、本物はやはり違う。

 研修医になったばかりの頃も、模型と実際の人体は違うな、と考えていたことを思い出して、なんだかおかしくなった。

 娘の手はとても小さくて、初田の指を掴む力は思いのほか強い。

 我が子に会えたらかけたい言葉がたくさんあったのに、用意していた言葉は全部吹き飛んでしまった。

「会えてうれしいですよ、ミツキ」

「あら先生、もう名前を決めていたんですか」

 看護師が笑う。

 マッドハッターの異名をほしいままにしていた初田が父親になり、我が子にデレデレなのだ。

 今日からしばらくの間、看護師たちのトップニュースは間違いなく「ほんとうに光源氏になった初田先生」だ。

 初田はそんなこと全く気づかない。

「ええ。男の子でも女の子でも、ミツキがいいと話し合っていました」