初田ハートクリニックの法度

 そして九月末。

 陣痛が始まり、ネルは出産入院した。

 運がいいことに、予定日は休診日である水曜。

 初田は分娩に立ち会うことができた。

 痛みに泣くネルの腰をさすり、汗を拭き、水を渡し、声をかける。

 どれだけ多くの医学書を読み、両親学級で育児のなんたるかを習っても、ネルの痛みを肩代わりすることはできない。

 妻にしてやれることは普通の男性と何も変わらない。

(何年医者をしていても、こういうときは無力なんですね)

 ネルは涙を流しながら、初田を呼ぶ。

「はつと、にいさん」

「はい。わたしはここにいますよ、ネルさん。ずっといますから」

 手を握ると、ネルの表情が和らぐ。

 無力でも、痛みを肩代わりすることはできなくても、そばにいることはできる。

 看護師や産科医の合図にあわせ、ネルがいきむ。

 日付が変わったころ、分娩室に産声が響いた。