初田ハートクリニックの法度

「にいさんは、ここにいますか?」

 ネルは電話で初田にも聞いていた。

 ネルと初田にしか通じないのであろう、合い言葉のようななにか。

 姿形は全く同じでも、生きてきた時間、出会った人、繋いだ絆は全く違う。

 平也には“初田初斗だけが知る合い言葉の答え”は出せなかった。

 なんと答えるのが正解だったのか、考えてもわからない。

 平也が(わずら)わしくて切り捨てた、人を信じて助け合う生き方を……初田は後生(ごしょう)大事に抱えていた。

 普通の人間にはなれなくても、普通を知りたいと願い、精神科医として歩んできた。
 
 そして初田を信じてともに歩む人たちが初田の背中を押し、あの場所に、スタジオに立たせた。

 たくさんの人と生きる初田と、誰も信用せず一人で生きる平也。

 挑戦状を叩きつけられた瞬間に、勝敗は決していた。

(最初から、勝ち目なんてなかったんだな……馬鹿みてえだ。もういい、認めてやる。お前は俺と同類なんかじゃない。全然違う。初斗)

 それから二日後、平也は近辺を捜索していた警官によって拘束された。

 こうして、十年に及ぶ逃亡劇が幕を閉じた。