初田ハートクリニックの法度

「待て、ちくしょう! お前のせいで、洗濯も料理も、俺がやらなきゃいけなくなったんだぞ。女房の役目だってのに放棄しやがって礼美のやつ!」

 支離滅裂(しりめつれつ)な言い分に反吐(へど)が出る。

 もう妻ではなくなった赤の他人に家事をやらせようなんてどう考えても異常だ。

 この男も、方向性が違うだけで平也の同類なんだろう。

 自分のためなら平気で他人を踏み台にするサイコパス。

 運動をしないタイプのようで、男の息が上がり、足は次第に遅れはじめた。

 逃げ切れると思ったが、次に曲がった先は行き止まりだった。

 雨足が強まり、濡れた髪と服が肌に張り付いて気持ち悪い。

「やっと、おいついた、クソが」

 サイレンの音が近づいている。

 群衆の中の誰かが、嘉神平也を見たと通報したんだ。

(真面目に医者やっていても、こんなわけわからん男に逆恨みされる。あいつ、よく精神科医なんかやってられるな。おかしいんじゃねえの)