初田ハートクリニックの法度

「……どうしたら信じてくれますか」

「じゃあ、懐中時計の鍵をちょうだい」

「鍵を?」

 ネルがくれた懐中時計は鍵巻き式。

 毎日鍵をさして回すことで稼働する。

 そして鍵は他の何かで代用することはできない。

「毎朝私が鍵を渡して、にいさんが鍵を回すの」

「そうなると、ネルさんはもうわたしから離れられなくなりますよ。転職できないし、誰かと結婚してもその役目を続けるなんてこと、相手が嫌がるでしょう」

 ネルが言わんとしていることを察して、初田は言葉を返す。

 これ以上は、後戻りできなくなる。

 兄妹のような距離感ではいられなくなる。

 心臓の音がうるさい。

 鍵はいらないと言って欲しい気持ちと、言って欲しくない気持ちが混在する。

 ネルは初田の瞳をまっすぐに見て、左手のひらを上に向ける。

 それが答えだった。