初田ハートクリニックの法度

 ネルが退室してから、虎門は扉の方を見ながらぽつりとつぶやく。

「根津美さん、かわいいなあ。彼氏いるのかな……。先生は知っていますか?」

「プライベートには干渉しないので知りません」

 通院や買い物に行くときはそう言うし、友だちと遊びに行くときもそう言ってから家を出る。

 普段食事の時にネルの話題に出るのは、だいたいアリスや花森といった友だちの話。

 あとは散歩中の犬や野良ネコの目撃情報。

 ネルが初田に隠しているのでは無いかぎり、恋人はいないのではないかと推測する。

 もうすぐ二十四歳になるから、想う人の一人くらいいても不思議では無い。

 この話題を長く続けるのが嫌で、強制的に話を戻す。

「それで、どうでしたか」

「あ、えと、仕事中やっぱりパニックになって、失敗して、怒鳴られちゃいました。おれ、駄目だな……。薬はそんなすぐには効かないって、話したんですけど、わかってくれなくて。次の就職活動、やっぱ先生の言うように障碍者枠を使うしかないんですね」

「そうですね。ただ、精神障害者手帳の申請は初診から六ヶ月経たないと通らないので、虎門さんが手帳を申請できるのは十二月に入ってからです。それまでは診断書を提示するのがいいでしょう。必要なら書くので言ってください」

 初診時には「できたら障碍を職場に隠しておきたい」と言っていたが、雇用主や職場の理解を得ておかないと大変なのだと、身をもって実感したらしい。

 診断書も欲しいと言われたので応じる。