初田ハートクリニックの法度

 多くの人が初田に石を投げる中、歩は初田の友であることをやめなかった。

 顔が同じ人間なんて、世界を探せば三人はいるでしょ? となんてことない風に言う。

 アリスを見送り、ネルが空いた紅茶のカップを片付けにきた。

「にいさん、アリスさん元気になってよかったね」

 ネルはまるで自分のことのように、アリスの回復を喜ぶ。

 もうすぐネルと出会ってまる九年になる。

 最近はナルコレプシーの症状も軽くなってきたし、十年経たずとも、ネルはネルの人生を歩める日が来るかもしれない。

 回復して、ネルが独り立ちして、医療事務以外の仕事をしたいと言い出したら、初田はそれを止めるすべを持たない。
 
 初田はソファに座ったまま、ネルを見つめる。

 もしもこの町の人々に、初田が殺人鬼の弟だと知れたなら、かつて住んでいた地のようにクリニックに石礫を投げ込まれることになる。

 こうして穏やかに暮らせるのは、ほんの一瞬の幸せだ。

 これが夢ではないと確かめるために、初田は右手を差し出す。

「ネルさんは、いま、ここにいますか?」

 ネルは幸せそうに笑い、初田の手に自分の手のひらを乗せる。

「私はずっとここにいる。初斗にいさんが嫌だと言ったって、何度だって言うの。帽子屋と眠りネズミはずっとずっとお茶会をするんだって、初斗にいさんが言ってくれたんじゃない」


 ケース3 有沢アリスの場合 ─自傷癖のアリスと美貌のロリーナ─ 終